障害者権利条約批准に向けた国内課題


  ―政府との意見交換会から―

     中村尚子(JD政策委員、立正大学)


●発効間近
 国連本部で障害者の権利条約の署名が開始された3月30日から1年が経とうとしている。3月19日日現在、条約を批准した国は17ヵ国である。発効に必要な批准国20ヵ国に達するまでそれほど時間を要しないだろう。日本リハビリテーション協会からの情報によれば、国際障害同盟(IDA)が発効を祝う会合を準備しているそうだ。署名開放から発効までの1年余という期間は、障害者の権利条約に先立つ国際人権条約である「子どもの権利条約」のそれと比べてけっして早くはないが(子どもの権利条約は、1990年1月26日に署名開放され同年9月2日に発効)、発効が未批准の国々の政府に及ぼす影響は小さくはないと思われる。

 そこで問われるのが日本政府の対応である。日本において権利条約は、昨年9月末、署名、同時に政府仮訳が公表され、外務省を中心に関係省庁が集まって批准のための準備をしているという段階にある。今後、どれくらいの時間を要するかはわからないが、批准に向けて動いていくというのはたしかなことである。以下、当面する課題について述べることにする。

●批准に向かう課題
 国際条約の批准を別のことばで表すとすれば、条約を日本の法規として承認するということになる。国連という国際舞台で審議された条約が、効力を期待される第一の舞台はそれぞれの国である。もちろん、国際協力や条約の中身を達成するための国際監視機構の意義も大きいが、なんといっても条約を締結した国の障害者の権利保障が前進することに役立たなければならない。その前提的必須の作業として、条約に書かれた中身を国会で日本の法規として承認することが批准である。したがって、批准した条約は、憲法以下の他の法律同様、守らなければならないものである。批准とは、条約を守り実行するという行為であるということを、まずしっかりと確認しておく必要がある。

 しかし、ここから先「条約を守る」には二つの道がある。一つは、条約の内容に違反するような日本の状態をただす、いまある法律を改正し、必要な法律をつくるという道。もう一つは、日本の現状を変えないで済むように条約を解釈し、解釈にふさわしい日本語の条約文を作成するという道である。現在、日本障害フォーラム(JDF)で取り組んでいる条約の政府仮訳の検討、さらには政府との意見交換の会議に出席して、日本政府は第二の道を選択しようとしているのはないかと私は感じている。
 たとえば、2月14日に開かれた政府との意見交換会において、厚労省の係官は、<障害者自立支援法の「見直し」は、同法の法附則に書かれているからやる、つまり自立支援法の趣旨に則って見直すのであって、権利条約の批准を見通して見直すものではない>といった趣旨の発言を繰り返した。

 条約の発効は間近。しかし、「発効を追い風にしてとりあえず批准」ということにしてはならないと、このときに思った。条約は今後の権利保障の羅針盤となる。だからこそ、針路をしっかり定めて批准するよう、つまり、第一の道を進むよう政府に求めるなければならない。

●政府の基本は消極的
 JDFは、条約署名後、日本政府に対して二つの働きかけを開始した。一つが政府仮訳に対する意見の提出、もう一つが国内法の見直しに向けた意見交換会の開催である。前者の政府仮訳については、構成団体からのコメントを集約したものが昨年まとめられた。後者については、先に述べたように2月に会合がもたれ、条約審議過程で練り上げてきた国内課題を発展させながら「意見書」を提出している。

 2月の意見交換会でJDFが提起した、条約批准に向けた国内課題の項目は、@障害と障害者の定義の見直し、A差別禁止法の必要性、B現行法令の改廃、C障害者団体の参画、D条約の周知、E実施機関と監視機関、であり、主として内閣府との対応が想定されたものであった。以下、印象に残ったことを指摘する。

 意見交換会全体を通じて、「総論賛成」的な立場での発言と同時に、所轄関係省庁ごとの発言は(内閣府、外務省、法務省、厚生労働省)は「現状維持」的発言という構図が浮かび上がってきた。

 まず障害者の範囲。障害者基本法を所管する内閣府は、「難病はすでに付帯決議に入っており、日常生活上の支障があれば手帳のないケースも障害者である」と回答。かたや厚労省からは、先にもふれたような、自立支援法の内容が条約と一致しなくてもよいというような発言もあり、議場での若干のやりとりがあった。つまり、基本法では広く障害者を定義しているから、全体として条約には違反しないとみなし、実体法の福祉法はそれぞれの国の事情の範囲に収まるので、法改正の必要性はないという考え方である。また国内実施機関についても、内閣府所轄の障害者施策推進本部や計画の策定等である中央障害者施策推進協議会など従来機関が例示されて回答されている。

 差別禁止については、内閣府は障害者基本法の第6条の新規定がこれに充当するという見解をとっているが、差別禁止法などの新法制定については消極的である。

●意見交換会の重要性
 しかし、政府の回答を予想してのJDFによる万全の発言準備により、つぎにつながる発言をたくさん引き出していることは重要である。「現行法令の改廃」は当然行うべきことの内閣府の発言や、障害者の範囲を条約の概念規定に留意しながら検討することについても最終的には厚労省も同意の回答をせざるを得なかった。

 とくに今後焦点となるであろうことは、「合理的配慮」をめぐる検討課題である。障害者基本法に差別禁止をうたっているとはいえ、「合理的配慮」について書かれていないこと、「新しい概念」であり条約批准において議論の焦点になることなどは、政府でも認識されている。日本障害者協議会は、「合理的配慮」とは、障害のある人が障害のない人と平等に生きるために要求できる「正当な条件整備」であるとして、訳語の検討も含めて協議すべきだとの提案をした。「新しい概念」であるからこそ、日本の法律として導入される際に、障害者の権利を保障する内容を構成する概念として明確に定義づけられる必要があるだろう。

 最初に述べたように、日本は権利条約の批准に向けて動き出したことはたしかなことである。しかし、日本の現状を是認したままでの批准には誰も賛成しないだろう。批准は国内法等々の改正を伴うものでなければならない。JDFは、今後、順次関係省庁に照準を合わせた意見交換会を求めていく予定である。さしあたり、4月には法務省、5月には厚生労働省と調整中である。JDからも積極的な意見を出していきたい。  

 日本障害者協議会「すべての人の社会 4月号」掲載