障害者問題研究  第30巻第2号(通巻110号)
2002年8月25日発行  ISBN4-88134-084-0 C3037  定価2000円+税



特集 LD・ADHD・高機能自閉症の保育・教育  絶版

特集にあたって黒田吉孝(滋賀大学教育学部・本誌編集委員)

軽度発達障害児の発見と対応
 石川道子(名古屋市地域療育センター)

 乳幼児期に発見できる発達障害には、発達の遅れを主体にする知的障害、特徴的な行動がある広汎性発達障害、注意欠陥多動性障害、特定の分野に遅れが見られる学習障害、発達性協調運動障害などさまざまな障害がある。発達障害を発見した後、効果的な対応をしていくためには、正確な診断、発達の経過などについての知識が不可欠である。発達障害の存在を疑う所見、おもな障害の乳幼児期の特徴、発見後の対応についてまとめ、さらに健診、療育との関連についても述べた。軽度発達障害の中でも、広汎性発達障害については出現頻度が高いにもかかわらず、診断がされていないか他の診断がついていることが多く、まず正確に診断することが対応につながる。

ADHD児に対する心理学的理解
 近藤文里(滋賀大学教育学部)

 注意欠陥・多動性障害児(ADHD児)の心理学的理解を進めるために、従来の心理学的研究から提起された諸仮説を紹介し、検討した.それらは、覚醒の障害説、動機づけの障害説、自己コントロールの障害説、行動抑制の障害説である。これらの仮説を検討したうえで、ADHDを理解する新しいモデルを提起した。このモデルはADHDの心理過程だけを表したものではなく、ADHDの基本的障害が発現するまでの遺伝的要因と環境的要因の相互作用や、適応上の歪みが生じる過程も表した。さらに、新しいモデルにもとづいた援助の基本についても論じた。

高機能自閉症の幼児期から青年期の発達
 高橋脩(豊田市こども発達センター)

 Wingの臨床類型を考慮しながら、高機能自閉症の幼児期から青年期中期にかけての発達経過と問題について述べた。高機能自閉症では、自閉的な諸特徴は幼児期前中期に目立ち、その後、しだいに軽減していく。基礎的な音声言語能力を獲得した幼児期後期から学童期前期には、語用論や社会的認知の問題が顕在化する。学童期後期から青年期にかけては障害認知や共感性に関する問題などに直面するが、安定した学校・家庭生活が送れるようになる。多動や衝動性が続く一部の積極型では、不適応行動や精神医学的問題が生ずることもある。高機能自閉症特有の発達経過・課題を踏まえた無理のない支援が重要である。

事例研究
 軽度発達障害児の保育実践:仲間とともに育つU

  近藤直子(日本福祉大学社会福祉学部)/加納紀子(名古屋市立めばえ保育園)/小林美智(植田第一学童保育所)

 4歳の夏に「ADHDの特性が強い」と診断を受けたUを含めた集団生活において集団での活動のあり方を吟味し、集団内での子どもどうしの他者認識を広げながら、U本人に対してもていねいな取り組みを進めた保育所の2年間と、その後の学童保育所での2年間の実践をとおして、軽度発達障害児を含めた集団保育のあり方を検討した。「言語による調整力が弱くけんかが絶えない」「思いどおりにならないと飛び出す」「一番でないとダメ」「自分の視点からしか他児の行動を評価できない」といった問題をもっていたUだが,生活やルールをわかりやすくするといった個別的配慮とともに,集団生活における仲間との肯定的な関係づくりによって、2年生の時点では、仲間の思いを理解し、自分の気持ちを言語化するとともに、集団内での自分の位置に自信をもち肯定的な自己評価が可能となった。

 A君の活動・学習エネルギーの発見と通常学級での教育
  滝一二三(全障研大阪支部)/白石恵里子(滋賀大学教育学部)

 LD、ADHDなどの診断名がつくかつかないかにかかわらず発達的な問題をもち、行動面で「落ちつきのなさ」が目立つ、人間関係のトラブルが多いなどの現れのある子どもは、通常学級にも在籍するが、40人学級・一人担任の体制のもとでは十分な個別的対応を行うことは困難である。同時に、個別的対応だけでなく集団全体の発達に目を向けることが不可欠である。本稿では、滝学級33人の児童の一人であるA君の2年生時をみて通常学級での取り組みを検討した。A君は、欲しいものを他児から取り上げる、誤解から他児をたたくなど、周囲の状況や人の気持ちを配慮することがむずかしい。一方サッカークラブでがんばる姿をみせ、家庭との話し合いでは1年生時よりも落ちついてきたことがわかる。それぞれの良さを認め合う学級の価値観づくりを心がけ、劇ではA君の出番をつくるなどしてきた。「問題行動」の中にも強い学習エネルギーをみせるA君であったが、後半、A君にとって難しい課題ではプリントを黒く塗りつぶす行為がみられた。集団の発達と個の発達は相互に関連しつつもA君の学習課題にていねいに応じる取り組みが求められる。通常学級での一人ひとりの子どもの発達を保障する体制づくりが必要である。

教育実践
 A児とともに:情緒障害学級における実践

  清水孝志(全障研兵庫支部)

 ADHDをはじめ、特別な教育的ニーズを有する児童が、通常の学校に多く在籍しているが、通常学級一人の担任では対応できない状況が、現在至るところで見られるようになっている。本校では、情緒障害児学級が新設され、教育条件も整ってきた。そのような中で、ADHDをもつ児童に焦点を当てた取り組みが進められたことで、ADHDをもつ児童の願いを汲み取った実践がささやかながらも進められたように思っている。本稿では、パニックの要因を分析し、「ほめる」「共感する」を基盤に対応することの大切さや、ADHD児に絵を描くことをとおして自分を見つめさせ、自己コントロール力をつけさせようとしたこと、さらに、地域や家庭と連携した取り組みなどを中心に報告する。

軽度発達障害児の通常学級における実践:通級指導の役割について
 小西喜朗(甲西町ことばの教室(前))

 甲西町ことばの教室は、町のことばの教室として、現在、町内の保育園、幼稚園、小・中学校70名余りの子どもたちの通級指導を行っている。その中で、幼児期には、注意集中ができない、よく動き回る、多児の遊びに加われないなどの課題が指摘され、その後の育ちを見ると発達検査では全体的には年齢相当だが、「言語性−非言語性」「言語社会−認知適応」などの領域間で格差があり、就学前後教科学習等に特異な困難を示すケースがある。担任教師や保護者との情報交換や相談を通じて「できにくさの状態」についての理解をすすめ、それに応じた個別指導を行い、子ども、担任教師、保護者の三者の関係を調整し、支援している。

政策動向
 LD児等への教育的対応に関する政策動向:「特別支援教育」と「支援教育」の相違
  渡部昭男(鳥取大学教育地域科学部)

 LD(学習障害)、AD/HD(注意欠陥/多動性障害)、高機能自閉症は、日本において現時点では教育法上の「障害」概念に含まれない。したがって,既定の7種の「障害」を前提として1993年に制度化された「通級による指導」のみでは対応しきれないことが明瞭であり、「特殊教育」の枠を越えた「特別支援教育」の提起を必要とした。しかし、文部科学省が打ち出す「特別支援教育」はあくまで「特殊教育」の延長上に措定されており、@確定診断以前からすべての要配慮児に適切に対応できるのか、ALD等への対応を専門家に委ねる意識を醸成してはいないか、B通常学級における特別支援教育は「特殊教育」の延長でよいのか等の問題を孕んでいる。
 本稿では、LD児等への教育的対応に関する1990年代以降の政策動向から新たな「障害」に着目した専門的アプローチが主流になってくることを明らかにした上で、神奈川県におけるすべての子どもを対象とした「支援教育」の試みを対比的に示すことによって、アプローチの相違点を浮き彫りにした。



自由研究
 教員養成系大学・学部再編構想と大学における障害児教育教員のリカレント教育保障
  野口武悟(筑波大学大学院教育研究科)

 2001年11月に出された『今後の国立の教員養成系大学・学部の在り方について(報告)』は、国立の教員養成系大学・学部の再編・統合を打ち出した。このことは、学部における教員養成のみならず、大学院修士課程や専攻科における現職教員のリカレント教育にも大きな影響を及ぼすことが予想される。そこで、本稿では、まず、大学における障害児教育教員のリカレント教育の場としての大学院修士課程、特殊教育特別専攻科に焦点を当て、その現状を概観する。その上で、大学における障害児教育教員のリカレント教育の保障という観点から、教員養成系大学・学部再編構想から考えられる問題を、@教育の質・量、A教育の場・方法、B教育の対象の3点を中心に検討する。

連載
 教育実践にかかわる理論的問題 進路指導とトランジション(2)
 卒業後を見通す力を育てる/小畑耕作(和歌山県立紀北養護学校)

矢印 もどる