障害者問題研究  第36巻第1号(通巻133号)
2008年5月25日発行  ISBN978−4−88134−634−1 C3036  定価 本体2000円+税

特集 特別ニーズと教育・人権の争点

特集にあたって 渡部昭男

障害児者・高齢者と生命自由幸福追求権・自己創造希求権  ―特別なニーズと人権保障
  竹中 勲(同志社大学法科大学院)
要旨:憲法13条論における自己人生創造希求権説の立場から、障害児者・高齢者について、日本国憲法の人権保障の内容はどのようなものになるかについて論じたもの。日本国憲法が念頭に置く具体的人間像の内実は、「自己人生創造希求的個人像」であるととらえ、憲法13条前段は「個人を基点とする適正な処遇の原理」を、同条後段は「自己人生創造希求権」を保障したものととらえる憲法解釈論を展開したもの。
キーワード:生命自由幸福追求権、自己人生創造希求権、人格的自律権、自己加害阻止原理・パターナリズム


障害児の教育を受ける権利  米沢広一(大阪市立大学大学院法学研究科教授)
要旨:日本国憲法は、26条において、「能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利」、「無償の義務教育」、13条において、「幸福追求権」(そこから、教育の自由、プライバシーの権利、手続的権利等が導き出される)、14条において、「法の下の平等」を、規定している。児童の権利条約は、23条において、障害児の「尊厳の確保」、「自立の促進」、「社会への積極的参加」、「社会への統合及び個人の発達(文化的及び精神的な発達を含む)」、2条において「心身障害」による差別の禁止を規定している。これらの条項の下で、障害児の教育を受ける権利がどのように保障されるのかを、以下の1〜8の項目に沿って論じる。
キーワード:障害児、憲法、児童の権利条約、教育、発達


「能力原理」から「必要原理」への転換  ―「教育を受ける権利」をめぐって 渡部昭男(鳥取大学地域学部)
要旨:日本国憲法は「その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利」(26条1項)を規定し、1947年教育基本法も「ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会」(3条1項)の保障を定めた。それらは「能力に応じて」権利が制約されうるとの理解を招いたが、次第に「必要に応じて」と読み込まれるようになっている。本稿では、日本における「教育を受ける権利」をめぐる「能力原理」から「必要原理」への転換の歩みを明らかにする。
キーワード:教育を受ける権利、能力原理、必要原理、ニーズ教育


生存権の「必要即応」原則  ―朝日訴訟から50年  岩間一雄(朝日訴訟の会会長、岡山大学名誉教授)
要旨:憲法25条とその精神を体した生活保護法は、勤労原則と必要即応原則との二つの原則を含んでいる。勤労原則とは、人はすべて労働すべきものであり、それによって生計を立て得ない部分について、保護の手を差し伸べるという原則である。エリザベス救貧法の根本原則であるといえる。対して、必要即応原則は、人間存在そのものに生存権を承認し、無条件にすべての人間の生存のために必要とするところを保障するという原則である。障害者、療養者、老人、シングルマザーなどに対する援助は、まさにこの原則によるといえる。すべての人間のために生存の条件を確保しようとする思考は、現代の「基礎収入」の思想である。憲法25条は、かくて、旧い勤労原則を保持しつつ新しい「基礎収入」原理を含んでいる。現代の第二の朝日訴訟は、旧い原則から新しい原則への転換という巨大な歴史的展望の中に立つものである。
キーワード:勤労原則、必要即応原則、エリザベス救貧法、憲法25条、生活保護法、基礎収入

今日の動向
 発達障害者支援法の意義と課題  滝村雅人(名古屋市立大学)
要旨:「発達障害者支援法」制定の背景には、戦後のわが国の障害者福祉・障害児教育をめぐる複雑な経緯がある。それは「児童福祉法」制定時から指摘され問題視されてきた。重度・重複障害への対応や自閉症などの複雑な発達障害への対応の模索に由来する。様々な変遷を経て、国際障害者年を契機としてLD児などへの対応が民間団体を中心に始まり、1990年代後半から2000年代にかけて、発達障害への対応が具体的に登場するのである。この法律の特徴は、発達障害の早期発見・早期対応、学校教育における支援、就労の支援と自律及び社会参加のための生活全般にわたる支援や家族支援の構築について明文化したところにある。すなわち、発達障害者のライフステージ全般にわたって支援策を講じることにある。しかし、そこにはいくつかの大きな課題が存在しており、それは専門家養成や支援体制の確立と、社会福祉政策と教育政策などの他分野との密接な連携の構築にあるといえる。
キーワード:発達障害、発達障害者支援法、専門家養成、障害者福祉、家族支援


 就学猶予・免除の成人障害者の教育権  猪狩恵美子(福岡教育大学・全国訪問教育研究会)
要旨:近年、いくつかの自治体で就学猶予・免除となっていた成人障害者の養護学校入学が始まり、その教育成果が明らかになっているが、入学が認められない自治体も多い。筆者らは、就学猶予・免除の成人障害者の教育権保障について、各自治体の受け入れ状況や入学が実現した経過を明らかにし、成人期の教育ニーズと学校教育の果たす役割を検討した。実現の背景には学校教育を求める保護者・当事者の強い願いと運動があり、希望者全員に対する一日も早い実現が求められる。さらに、成人期に配慮した授業実践は重症児(者)の生涯教育を充実させる課題を提起している。学校教育か、社会教育かという択一的選択ではなく、学校教育で明らかになった成人期の発達の可能性を発展させていくことが求められている。
キーワード:就学猶予・免除、成人障害者、学校教育、生涯教育


 鳥取県人権条例をめぐる経緯と課題  大田原俊輔(鳥取・やわらぎ法律事務所 弁護士)
要旨:平成17年(2005)年10月12日に成立した鳥取県人権条例に対しては、その内容をめぐって条例成立直後から批判的意見が続出していた。そのため開かれた同年12月と平成18(2006)年1月の2回に亘る有識者による懇話会では、「抜本的見直し相当」の意見が出され、また県弁護士会からは総会決議により同条例の施行について一切協力できないという厳しい意見が出された。このような事情により、同条例は平成18(2006)年2月の議会決定で無期限の施行凍結となっている。上記施行凍結とともに「人権救済条例見直し検討委員会」が設置されたが、同委員会は、平成18(2006)年5月2日に第1回会議を開催して以降、1年半余りの間に計18回の会議を開いて意見をとりまとめ、平成19(2007)年11月2日に知事宛の意見書を出して解散した。
 本稿では、当職が鳥取県弁護士会の人権擁護委員長として上記懇話会に出席するとともに県弁護士会の意見形成に関与し、また、見直し検討委員会の会長代行として同条例の立法事実の確認と法的整理をリードしてきた立場から、同条例の問題点と課題について論じるものである。
キーワード:国内人権機関、準司法的機関性、独立性の欠如、私人間紛争への行政介入、見直し検討委員会意見

証言
 「発達の必要に応じて」の教育条理解釈の提起をめぐって  清水 寛(埼玉大学名誉教授)
要旨:憲法(1946年)・教育基本法(1947年)によって全ての学齢児は、義務教育の対象となり、学校教育法(1947年)は盲・ろう学校および養護学校の義務化(設置義務・就学義務)を規定した。しかし、前者は1948年度から逐年進行で実施されたが後者は1979年度まで32年間も引き延ばされた。そのため、視覚・聴覚障がい以外の、特に障がいの重い子たちの多くは不就学のまま放置され、福祉施設に入所・通所するには保護者が就学義務の免除・猶予を「願い出」しなければならず、教育と福祉等の権利が分断された。全障研はその結成準備段階からこのような状況を厳しく批判し、全ての障がい児に発達保障の立場にたつ権利としての義務教育を福祉・医療等と結びつけて実現していくために重要な役割を果たした。その一環として、筆者らは「障害児の教育権研究会」を組織するなどして、憲法・教育基本法の「教育の機会均等」原則を障がい児の学習権・発達権保障に生かすために尽力した。本稿ではその際の筆者による「能力に応じて」を「発達の必要な」条理解釈するに至る経緯とその意義を第一次資(史)料に基づき報告する。
キーワード:憲法第26条、教育基本法第3条、教育の機会均等、就学猶予・免除、学習権、発達権


自由研究
 教育介入に対する応答(RTI)と学力底上げ政策  清水貞夫(みやぎ教育文化研究センター)
要旨:アメリカ合衆国の障害児教育の分野では、「教育的介入に対する反応(RTI)」に注目が集まっている。アメリカ合衆国の多くの州で、学習障害(Learning Disabilities)の判定方法として採用されてきたのは「ディスクレパンシィ・モデル(discrepancy model)」といわれるものである。だが、そのモデルは、多くの関係者から妥当性が疑問視されてきていた。そうした背景のもと、「個別障害者教育法(IDEA)」(2004年)の「施行規則」改定にあたり、LD判定をRTIに基づいて行うことができるとされたことで、RTIがLD判定の方式として妥当なものなのか否かが論争になってきている。本稿では、比較的多くの関係者の推奨するRTIの一方法としての「3層構造論(A three-tier RTI model)」を紹介しながら、それがLD判定方法になりうるのかを検討する。また、ブッシュ政権下で展開されている「2001年初等中等教育改正法(NCLB法)」(=落ちこぼし防止法)との関連で、RTIがいかに機能するのかも批判的に検討する。
キーワード:LD判定の方法、教育的介入に対する反応(RTI)、2004年IDEA、教育政策、落ちこぼし防止法(NCLB)


短報
 障害者権利条約の国内批准に向けた課題  中村尚子(立正大学社会福祉学部)



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