2006年01月01日

 明日のために雪をかく

もうすぐ越後湯沢だと思ったら、新幹線の車内アナウスがあった。
「ほくほく線はお昼頃開通しましたが、現在雪のため不通となりました」
 <またかよ、、、>
「はくたか号に乗継ぎの方は、このまま長岡までご乗車ください。
 はくたか号は本日は長岡駅より出発します」
 
 <帰り道よりましか、、、>
北陸から新幹線への乗継ぎでは新幹線側が待ってくれることはほとんどない。
まだ娘がベビー籠に入っていた頃、その籠を私が抱き、
荷物いっさいをカミサンが抱え、全力疾走したことがある。
それでもまにあわないときは、
東京までスキー客のまじった満員列車で立ちっぱなしだったこともある。

長岡駅では、到着の遅れた金沢からの列車を待って、寒いホームに立つこと20分。
怖いような鉛色の日本海を横に走る列車も遅れて、富山には40分遅れで到着した。
孫の帰りを待って駅に迎えに来てくれていた義父は、
「よう来たね」と待ちくたびれたそぶりもなく、みんなの荷物をかついだ。

「今日は久しぶりに晴れ間が見えたな」
屋根の雪は1メートルぐらいで除雪しないと危ないのだそうだ。
「下の方になった雪が重くなってくるからな」
海の水蒸気をたっぷり含んだ北陸の雪は重い。

「田中角栄は許せるが、村山富市は許せない」が口癖の年配の友人がいる。
自民党と手を結んだ社会党は許せないが、雪国に新幹線を通し、
辺境の村に道路を作った田中角栄の心情は理解できるというのだ。
彼は糸魚川出身。雪のなかにいるとたしかにそんな気持ちにもなる。

重い雪を、毎日、毎日、繰り返し、繰り返し、雪かきする。
「雪かきは明日のためにするんだ。
 明日、家から出るために、明日車を出せるために、
 今日の今、この雪をかいておかねばならない。
 明日のためにいまがある。じつに哲学的だな」
「でも、かいてもかいてもまた雪が降ればそのくりかえしだ」
「これはつらいぞ。経験者でないとこれはわからんだろな、、、」
と金沢の友人がいっていた。

   ***

「おじさん、ここの温泉の温度は何度なの?」
「そうさな、42、3度かな」
「けっこう熱くない? 少しぬるめで長く入れる方がいいんじゃないの」
「そそ、そうなんだけど、ここの人たちはぬるいとだめだあって」
帰省先の町営温泉の露天風呂で、湯加減を測定していたおじさんが言う。

ここの冬は寒いのだ。
熱い温泉で体がまっかになるまであたたまりたい。
そこに、ここに生きる人たちの本音がみえるような気がする。

   ***

さて、明けて2006年。
さらに加速度的にこの国は、弱者切り捨て、右傾化、国際的孤立を深めるだろう。
しかし元旦の朝日、毎日、日経、北國、日刊スポーツ各紙をみるがぎり、
不安は指摘しても展望は示せていない。

年末の早大九条の会の講演で加藤周一さんは
「新聞やテレビに惑わされてはならない。本を読もう」
と言っていた。

しかし、着実にわたしたちの運動の輪は広がっている。
15日には街の市長選挙があるが、
新しい連帯、新しい市民運動は、国とは違う方向を問題提起するかもしれない。

世界を見ればネオナチなどの極右の動きはあれ、
全体としては平和を守ること、地球環境を守ること、
人権保障の世論はいっそう強まるだろう。

そんなことを思いながら、年の初めを迎えています。
今年もどうぞよろしく