海ゆかば


94/01/06 23:26:23 NGI00001

彼は作文で「俺は社長になるんだ」と書いて、そのとおり社長になった。
従業員25名。
発砲スチロール関係の加工業だ。
ただ一つの決まりは、「俺よりも年齢の高い人は採用しない」のだそうだ。

だいぶお酒もまわったころに、
「秀吉くん(ヒデヨシではない、ヒデキチとよむ(^^;))にはよくいじめられたり
 スカートまくられたりしたわ」
とかっての女生徒たちがいい、
「やっぱり、愛情表現の裏返しというか、あまえの表現だったんじゃないか」
とわたしがいうと、
「オレは貧しかったから、母親一人の家庭で、身を寄せた親戚ともそりがあわず、
 本当は転校しなけりゃいけなかったんだけど、この中学がなんとなく好きで、
 遠くから自転車で通ってた。なんか、さみしかったんだろうな」
などとしおらしいことをいうと、
わきにいた悪ガキの一人が
「秀吉の友だちだ!!というと恐い連中もにげていったけどな」などといってはやし立てた。

その彼の中小企業も海外に進出している。
いままではタイの低賃金の労働者をつかって、
それを監督しながら、日本に送り、
日本でちょっとした加工をして、品出しして利ざやを稼いでいたそうだ。
「でももうタイもだめさ。今度は中国だね。中国。あそこは安いよ」

大企業の産業の空洞化という
日本企業がその重点を日本以外におくことによって産業のドーナツ化現象をいったが、
それは中小企業のレベルでも確実に浸透していた。
いつまた「大東亜共栄圏」のスローガンが復活してもいいように、
民間ベースはその完成段階に入っているかのようだ。

「海ゆかば」を静かにピアノでひくと、
それは鎮魂歌になるといったひとがいた。
でも、わたしは、
そんな歌は歌いたくない。

昨年からアジア・太平洋障害者の10年ははじまっている。


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