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全国障害者問題研究会
第42回全国大会(和歌山)基調報告


                         
 常任全国委員会




 はじめに

 健康で幸福に生きることのできる世界と日本をつくることができるか――私たちの社会はまさにこの岐路にあります。
 私たちは、障害者自立支援法がいかに障害のある人たちの基本的人権を制限するものであるかを、大きなスクラムを組んで訴え、政府に「特別対策」や「緊急措置」などを出させました。これらは応益負担の撤廃など根本問題の解決ではありませんが、部分的な改善策であり私たちの運動の成果だといえます。
 いま、障害のある人たちだけではなく、この国に住む人々の多くが、生存のための諸権利を侵害されかねない波にのみこまれようとしています。公的責任を縮小して国民には自己責任の原則を押しつけ、規制緩和の名の下、企業の自由な競争を放任する新自由主義の政策は、貧困と格差を拡げています。人を人と思わない劣悪な条件で使い捨てる大企業の雇用政策のもとで、非正規雇用労働者が3人に1人の割合となり、労災で命を失う人も後を絶ちません。人間らしい生活、生きがいのある労働をという多くの国民の願いとは逆行するかのように、「ワーキング・プア」「ネットカェ難民」などといわれる状態に追い込まれる人びとが増えつづけています。こうした生存権の侵害というべき実態にたいしてなんの対策も打たれないばかりか、生活保護の受給抑制など、社会的弱者には冷たい政策が行われています。さらに、今年4月から実施された「後期高齢者医療制度」は、75歳以上の高齢者のみ、別建て医療保険に強制的に加入させられ、保険料負担増とともに受けられる医療の内容まで限定されるものです。この制度は、障害者の医療にとっても見過ごすことのできない問題をはらんでいます。障害者の場合は、65歳からこの制度に加入することを推奨されており、加入しない場合、自治体によっては障害者医療助成制度の適用除外とするというのです。すべての国民を包括すべき健康保険制度から年齢や障害によって除外する、差別的な医療制度であるといえます。
 このような国民の生存権を脅かす政策の大元は、小泉内閣以来続けられている社会保障費の自然増を毎年2200億円削減する方針にあります。政府は向こう10年で道路特定財源59兆円をつぎ込むなどの大企業に奉仕する無駄な公共事業、在日米軍への「思いやり予算」やその「再編」のための巨大な費用を肩代わりしようとしているのです。
 障害者自立支援法をはじめとする障害保健福祉全分野において進行しつつある基本的人権の侵害ともいえる事態は、こうした政府の基本方針のもとで行われており、国民各層の生活の苦しみと根本的につながっています。だからこそ、障害者と家族の権利保障の扉を開くためには、幅広い国民との共同がカギとなるのです。政治や行政のあり方を、国民を主人公にしたものに改めるという共通した目標のもと、生活保護や非正規雇用問題などにおける困難と運動の成果を知り合うことによって、元気になり、力を合わせることができるでしょう。障害者自立支援法のたび重なる軽減策を引き出すことになった運動は、そういう共同の成果でもあります。
 基本的人権を制限しようとする政策によって侵害されているのは、健康で文化的な最低限度の生活であるとともに、人生のすべての段階において、自己の生存と人格、その発達の可能性を肯定しながら生きる基本的な幸福感です。その幸福感を守り、取り戻すために必要なのは、自己責任や競争ではなく、幸福に生きたいという願いを共有することによって人と人が手を結び、自己と他者を認め合うことができるような共同性に貫かれた社会を作り上げていくことではないでしょうか。
 全障研が40年を越える歴史において大切にしてきた「障害者の権利を守り、発達を保障する」という目的、個人・集団・社会の発達と進歩を統一していくという方向性、互いを認め合い、その願いを大切にするという民主主義の姿勢が、真価を発揮することになるでしょう。


1 障害者自立支援法の深刻な影響とたたかいの発展

@「応益負担」はおかしい

 昨年、障害者自立支援法の「出直し」を求め開催された「私たち抜きに私たちのことを決めないで!今こそ変えよう!『障害者自立支援法』10.30全国フォーラム」には、全国から6,500人が参加し、各分野から切実な実態が報告されました。「4歳になる脳性マヒの子どもの靴一足にも15,000円から20,000円の自己負担、障害があるからこそ必要な給食も自己負担。療育の現場では先生は忙しく、施設の継続のむずかしさを感じている」、「夫も私も重度障害者、二人の年金から利用料を払うのは大きな負担です。作業所に働きに行くのに給料の倍以上の利用料を払うはおかしい。作業所の運営がたいへんなため土曜出勤せざるをえなくなりました」
 障害者自立支援法の影響は、実施3年を経て深刻さを増し、障害者・家族はきょう、あすの生活面での不安を抱え、将来への展望が見出せないまま暮らしているのです。
 前後して全国各地で同様の趣旨の共同行動が取り組まれましたが、全国からわきあがる「やっぱり応益負担はおかしい」という切実な声が世論を動かし、与党も改善策を約束せざるを得ない状況に追い込まれ、国・厚生労働省に「緊急措置」を出させることとなりました。 

A「緊急措置」にいたる経過と特徴
 昨夏の参議院選挙での与野党逆転を背景に、野党・民主党が「1割負担凍結」法案を準備、与党も自立支援法の抜本的な見直しと障害者福祉の充実を表明せざるを得なくなり、年末には報告書「障害者自立支援法の抜本的見直しの方向性」をまとめました。
 この報告書は、所得の単位を世帯から個人とすることによるさらなる利用者負担の軽減、空床保障や報酬改定などによる事業者の経営基盤の強化など、自立支援法がもたらす諸問題の緩和を中心としつつ、同時に障害基礎年金の引き上げ、さらには介護保険制度との統合を前提としないことを明示したことに特徴があります。このほかにも利用者が受けられるサービスの限度を規定する「障害程度区分」も、知的障害や精神障害の特性を反映できるよう大幅な見直しを図るとしています。
 こうした見直しの背景には、障害程度区分や報酬の引き上げが利用料の負担増と連動するしくみに典型的に表れているようなそもそもの制度設計のずさんさがあり、これを実際に運用するなかで、負担強化とあまりに低い報酬設定のために、福祉サービスを受けることそのものに支障が出たことなどがあげられます。
 これらにもとづいて、政府による「障害者自立支援法の抜本的見直しに向けた緊急措置」として、ア)利用者負担の見直し70億円、イ)事業者の経営基盤強化30億円、ウ)グループホームへの助成30億円などが具体化されていますが、報告書にあった障害基礎年金の改善などの「抜本的見直し内容」は消えてしまいました。

B生きる権利、働く権利を正面に掲げたたたかい
 08年4月に入り、社会保障審議会障害者部会が2年ぶりに再開され、自立支援法は法に定められた「見直し」作業が行われています。同部会の討論は、「障害者の範囲」や「雇用支援と所得」など法制定時に見直しが定められていることがらはもちろんのこと、応益負担や報酬単価、障害程度区分など自立支援法のもつ諸問題にふれざるを得ない内容になっています。関係団体のヒアリングも予定されていますが、実態を正しく反映させ障害者の権利を保障する方向で十分に議論されることが望まれます。
 同時に、自立支援法の是正を求める2年間の運動の中で、障害者の働く権利、生きる権利の保障を広く社会に訴える二つの取り組みがはじまったことに注目する必要があります。一つは、障害者の職業リハビリテーションを内容とするILO159号条約に違反しているわが国の障害者雇用政策の是正勧告をILOに求める訴え、もう一つは、自立支援法にもとづく福祉サービス利用の利用料1割負担の廃止を求める訴えです。前者は、日本障害者協議会などの協力による調査研究にもとづき、法定雇用率の未達成や就労支援の場での費用負担などの違法な実態に関して改善を求めるもので、ILOはこれを積極的に受けとめ、勧告を検討しています。また後者は、生きるために不可欠な支援に費用負担を課すのは平等に生きる権利を侵すと、障害をもつ人自身が全国各地で利用料の全額免除を行政に申請したもので、今秋にも訴訟となる予定です。
 これらの取り組みの意義を理解し、広く社会に訴えていくことは、自立支援法の違法性を正すにとどまらず、わが国の障害者施策のあり方を根本から問うことになります。
 
C「障害児支援」見直しの動向
 前述した「見直しに向けた緊急措置」によって、子どもの問題でも一定の改善が図られました。08年度から、障害児のいる家庭の利用料の負担軽減対象の拡大と利用料上限負担の引き下げ、学齢期の放課後活動を実施している児童デイサービス事業所への助成などです。また子育て支援策の一環として、07年から実施されている多子軽減制度(第2子以降の保育所・幼稚園の保育料軽減)が、通園施設等利用児にも一部適用されることになりました。
 しかし、ここでも子どもの発達を支援する取り組みに応益負担を課すという根本問題は解消されていません。通園施設の運営も逼迫しており、出席児の確保に汲々とせざるを得ない状況です。事務処理量の増大、正規職員の臨時職員・パート化などが子どもの発達を保障する取り組みの後退にならないよう、各地の施設では最大限の努力を払っています。
 自立支援法施行時に掲げられていた障害児施設を含む全面的な福祉サービスの市町村委譲、障害児施設・事業のサービス体系の見直しなどの検討も始まりました。厚生労働省内に設置された「障害児支援の見直しに関する検討会」(座長・柏女霊峰淑徳大学教授)は、ライフステージに応じた一貫した支援の方策、家族支援の方策など、自立支援法見直しにとどまらない検討課題を掲げています。実際、放課後活動や家族支援の重要性、子育て支援との連続性など、幅広い議論が行われている点は注目すべきです。しかし、応益負担制度、補装具費や自立支援医療を含めた費用負担の増大の現実、子どもへの障害程度区分の適用、利用契約制度への移行など、自立支援法がもたらした諸問題に関する徹底した議論は不十分です。そのうえ、障害児通園施設の再編と機能の見直しについて、障害種別をなくすこととあわせて、保育所入所を促進しそこへの支援機能を強化する方向が導き出されようとしてます。
 発達に遅れや弱さのある子どもにとって、療育や福祉は、水や空気のような存在といえます。医療も訓練も、その人のかけがえのない命を輝かせるために必要不可欠な当たり前のものです。支援を必要とするすべての子どもとその家族のために、応益負担の撤廃など障害者自立支援法の抜本的な見直しとともに、乳幼児期の発達に必要な保育内容を保障することと障害の応じた手厚いケアが可能となるような施設のあり方をしっかりと練り上げていくよう要求していく必要があります。


2 教育をめぐる情勢と課題

@改悪された教育基本法のもとでの特別支援教育
 2007年度は「特別支援教育元年」であると同時に、改悪された教育基本法を日々の教育に具体化する政策の影響が広がっていった1年でした。全国一斉学力テストの強行とその結果発表に象徴されるような能力主義的で一面的な学力競争と学習指導要領の改訂にみられる教育内容や指導方法の統制がいっそう強化され、障害やその他の困難をもつ子どもを学校から排除する傾向が強まっているのが、今日の日本の教育の特徴です。規範意識の形成に関して、教育再生会議が「問題行動への厳正な対応」との関連で発達障害等に言及している点も見逃せません。
 小・中学校学習指導要領が3月に告示され、高校・特別支援学校学習指導要領も年内に告示される予定です。今回の改訂の特徴は学校現場への拘束性を強めるとともに、「愛国心」をはじめ国家主義、復古的学習内容の押しつけ、「競争と管理、格差づくり」の教育の促進です。特別支援学校学習指導要領にもこうした基本方針が貫かれることは必至です。「個別の指導計画」作成と「実践をふまえた評価」を指導の改善に生かすことを義務づける方向が打ち出され(PDCAサイクル)、特別支援学級・通級による指導・通常の学級在籍児の指導における「個別の指導計画」作成も明示されました。一人ひとりの発達課題に合った教育をすすめるための指導計画ではなく、学習指導要領にもとづく教育内容をしめつけを強める手段、道具として、「個別の指導計画」を作成することになる可能性があります。道徳教育の強調とりわけ規範意識の強調は、一人一人の思いやねがいを受け止める教育のあり方に逆行し、重大な影響が憂慮されます。

A構造改革路線の枠内での特別支援教育
 改悪教育基本法に基づき策定される教育振興基本計画は、「構造改革」=教育・福祉への予算削減路線の下でも、教育予算の確保を実現するとして改悪教育基本法の目玉の一つとされました。しかし先に確定した同計画では教員増や教育条件整備に関する数値目標は盛り込まれませんでした。鳴り物入りの方針さえ、構造改革路線のもとでは簡単に反故にされるのです。
 情勢のこうした特徴は、特別支援教育でも見ることができます。LDやADHDをもつ子どもたちへの支援は特別支援教育の中心課題の一つでしたが、制度化されたのは通級による指導だけであり、通級指導担当教員として配置された数は、06〜07年度525人、08年度は171人に押さえ込まれました。もちろん、特別支援教育の本格実施によって、通常学校の中において十分な支援を受けることができなかった、いわゆる発達障害をもつ子どもたちにたいする教育のあり方が模索され始めたことは、すべての子どもの発達を保障する視点から見ても重要であり、子どもの声に耳を傾け、「気になる子」を担任任せにすることなく、教職員が力を合わせて取り組む体制をつくることができつつある学校では、子どもへの理解がすすみ、特別な支援を含んで教育実践が発展しつつあります。しかし、必要な体制が整わないなかで、各学校の努力によって制度と実態の谷間を懸命に埋めているというのが実態です。全国連合小学校長会による調査によれば、発達障害等の子どもへの対応としてもっとも多くの学校で行われているのは、「担任による支援」「空き時間の返上によるTT等の配置」であり、全国の特別支援学級の3割以上で、自らの学級の子どもたちへの責任を果たしつつ、通常学級在籍児への支援も提供している実態が明らかになりました。
 地方交付税積算単価に位置づけ、全小・中学校に配置できる数を予算措置したとされる特別支援教育支援員は、すでに自治体単独施策として特別支援学級や通常の学級に配置した介助員等を含め22,602人配置されたと発表(07年7月段階)されましたが、実際に新たに配置された支援員はわずか4402人にすぎません。政府関係者は、国は予算措置をしているのだから地方自治体に配置を求めればよりと言いますが、地方自治体には地方交付税総額の巨大な削減の中での措置であり、後は地方自治体の責任とするならば、政府の責任の隠蔽と地方レベルへの責任転嫁の典型的な構図にほかなりません。特別支援教育支援員の待遇や身分保障は、年間人件費単価が120万円にも満たない(国予算措置のみの場合)状態であり、身分保障や必要な研修の保障、教職員集団との共通認識の形成のための勤務条件等、多くの課題があります。
 特別支援学校と名称変更した障害児学校では、ここ数年の間に、知的障害を対象とする学校を中心に、学校の過密化・過大規模化が顕著に進行しています。文部科学省も2007年度、全都道府県にたいして「大規模化・狭隘化」の実態調査を行い、その対応に関する通知を年度末に出しました。知的障害特別支援学校を中心とする児童生徒の増加は、文部科学省も認める事実です。
 この状況に対し文部科学省が打ち出したのは、「小・中学校の活用」および「特別支援学校における複数障害種別の受け入れの促進」でした。特別支援学校に名称変更した自治体の増加と相まって、旧盲学校、ろう学校、病弱養護学校等に知的障害等の児童生徒を受け入れる「複数障害種別の受け入れ促進」が進められ、その結果、ろう学校、盲学校などの学校が統廃合の方向にあります。こうした中で、相対的に人数の少ない障害の子どもたちが、できる限り身近なところで、ゆたかな実践的経験に裏付けられた専門性のある教育を受けられる条件は確実に減っています。

Bすべての子ども・青年の教育権を保障するために
 こうした中で、私たちは実践と研究運動の柱をどこにおいたらよいでしょうか。
 第一は、子ども・青年のゆたかな発達を保障するための教育改革にむけた国民的な合意づくりを課題とすることです。改悪教育基本法は、これまでにないスピードでわが国の学校教育の目的を改変し、教育内容と教育実践の管理統制を強め、発達の土壌をますます貧しくしています。障害のある子どもの教育がこうした政府・与党による教育政策の例外であるはずはありません。通常学校の学級編制基準を20〜30人程度にすること、全国一斉学力テストの見直し、学習指導要領の押しつけをやめるなど、通常教育の根本的な改革なくして障害児教育の発展は展望できないといっても過言でないでしょう。
 第二は、憲法26条「教育を受ける権利」を学び合い、その視点から今すすめられようとしている特別支援教育のあり方を検討することです。私たちは、この40年にわたる研究運動の中で、憲法26条の「能力に応じて教育を受ける権利」を「必要かつ適切な教育を受ける権利」として深め、「障害や発達に必要かつ適切な教育を受ける権利」を求め、運動をすすめてきました。いままた、この視点から特別支援学校等の教育条件の状況やそこで行われている教育実践が、障害や発達に必要かつ適切な教育に値するものかなどを実態にそくして見直すことが重要な時期にきています。特別支援教育関連施策が、構造改革に徹頭徹尾従属するその基本的性格によって、地方自治体や教育現場に深刻な矛盾を押しつけている実態が明確に見えてくると思います。こうした状況の中で、特別支援教育で光があたったといわれる発達障害のある子どもたちが「必要で適切な教育を受ける権利」を保障されるよう条件整備を求め、同時に、子ども理解、実践の検討に正面から取り組んでいく必要があります。
 加えて来年は養護学校義務制実施30年にあたります。いま、改めて不就学をなくす運動や養護学校義務制実現の運動が教育権保障にとって果たした意義を検証するとともに、養護学校義務制を実現するさいに、十分検討することができなかった課題に光をあてることが重要です。すでに義務教育を猶予免除されてきた学齢超過障害者の教育権回復の取り組みが各地で展開されていますが、その代表的な取り組みだといえます。
 以上のことは、障害者権利条約の教育条項で示されたインクルーシブ教育の保障ともかかわる課題でもあります。そこで第三の課題として、権利条約批准にむけた取り組みと重ね合わせて、わが国の障害児教育の改善のための研究運動に取り組むことを上げたいと思います。権利条約第24条「教育」は、障害のある人の教育権を認め、最大限の発達と社会参加をめざすインクルーシブな教育を生涯にわたって保障することを求めています。インクルーシブ教育の理念は障害のある子どもを教育から排除しないことにあるのですから、子どもの発達を阻害するほど過度な競争的な教育のあり方こそが見直されるべきです。このことは、当然ながら第一の課題とかかわっています。インクルーシブな教育は一人ひとりの発達が保障されることを前提にしていますから障害児の学校や学級などの特別な場での教育の充実の課題として議論を深める必要があります。
 どの課題においても、教育実践の課題をくぐらせて議論することに留意しなければなりません。


3 障害者の権利条約批准に向けた国内課題

 2008年5月3日、障害者権利条約が発効しました。世界的にはすでに29か国が批准しており、条約を本格的に機能させるために中心的な役割を果たす国連・障害者権利委員会が今年中に動き出す見通しです。
 日本政府も、昨秋、条約への署名と同時に、政府による仮訳を公表し、条約批准に向けた準備を進めています。条約に書かれた締約国が果たすべき第1の義務は、条約に違反するような法律・制度や社会環境を改めることにあります。こうした立場にたって、条約批准に向けた準備をするかどうかがいま一番問われています。そういった点では、私たちは政府がすすめる条約批准の作業を拱手傍観していてはならないでしょう。
 全障研は、日本障害者協議会の一員として、日本障害フォーラム(JDF)の権利条約小委員会に参加し、政府との意見交換会についても積極的に取り組んできました。その過程で明らかになった課題はつぎのようなことです。
 第1は、日本政府は権利条約の批准を契機に、条約の内容―各条項に示された権利の水準に照準を合わせて国内法の見直そうという姿勢ではなく、日本の現状は条約の水準を満たしている、あるいは批准にさいして矛盾する実態はないという姿勢で臨もうとしている点です。そもそも「障害」と「障害のある人」の定義という条約の原則的事項をめぐっても、医学的診断を基本にした日本の福祉制度と条約の間には、大きな隔たりがあります。国内の一般法の一つである自立支援法の福祉サービス体系を見ても、応益負担制は障害者の生きる権利と対立するものであり、同法の改廃は条約批准の前提だといってもよいでしょう。しかし意見交換会では、担当部局の違いなどを理由にして、正面からわが国の現状を改善しようとする政府の姿勢はまったくみられません。
 第2に、第1の課題ともかかわって、政府仮訳を是正していく課題があります。政府仮訳は、インクルージョン、アクセシビリティといった、条約が原則として重視していることばについて、障害者の権利としてとらえるという認識が欠落しているために、皮相な表現にとどまっています。そうしたなか、全障研は差別をなくし平等を確保するための方策として注目されるリーズナブル・アコモデーション(合理的配慮)についても、障害者の権利を中心において、「理にかなった条件整備」という訳を積極的に提案しました。
 第3に、教育条項の内容を、深く理解し、普及していく課題があります。教育についての第24条は、障害のある人の教育の権利を認めることを第一に掲げ、インクルーシブな教育を確保し、各人の能力の最大限の発達を保障することをめざすとしています。この目的の達成は、全障研が積み上げてきた努力と重なるものです。インクルーシブ教育を「通常学校・学級での教育」を優先する、あるいは多様な教育の場を否定的に描く教育として理解するならば、第24条は輝きを失ってしまうでしょう。
 諸権利の実現に向けて必要となる正確な政府訳の作成に向けた課題と関連させながら、学習活動を広げ、同時に自立支援法をはじめとする国内法の改正と差別禁止法制定なども視野に入れつつ、批准に向けての幅広い学習運動が求められます。


4 研究運動の課題

@眼前の課題を、歴史の発展にしっかりと位置づけ、未来を語りあいましょう
 昨年の基調報告は、全障研結成40年を念頭において、つぎのような学習研究運動の課題を提起しました。@権利保障の歴史、基本的人権の包括的規定としての日本国憲法を学び、権利の主体者としての自覚と認識を高めあう学習運動、A自立支援法や特別支援教育によってもたらされる実践の変化をリアルにとらえ、発達保障にとっての集団や共同を確認していく研究、B発達保障の理念と歴史を多くの人々と共有する研究運動。
 今年は、これらの課題をいっそう発展させ、次の10年に向けた第一歩を踏みだす年です。全障研の歴史は障害者権利保障の歴史でもあります。地域の歩みをふまえ、未来について、おおいに語りあいましょう。
 これまで生活や教育をめぐる情勢や権利条約の課題で述べたように、障害者が人間としてのあたりまえの権利が保障され、真の平等を実現するには、課題が山積しています。しかし、私たちはこの40年間に確実に、歩を前にすすめてきたこともまぎれもない事実です。
 現在、病気や障害を理由に就学猶予・免除されている子どもは100人以下となり、特別支援学校等の特別な場での教育を受けている子どもは10万人を超え、後期中等教育への進学率も9割に達しました。こうした量的な発展のプロセスで私たちは、たとえば超重症児と呼ばれる子どもたちや自閉症児への教育実践の方法を検討し、子どもの内面に迫る教育を創造してきました。学校教育が充実するなかでますます明確になってきた放課後生活保障の場の必要性は、全国に共通する制度を求める運動に発展しています。労働保障の面でみても、名古屋市の一角に始まった共同作業所は障害者の働く場として各地に確実に広がり、法定雇用率は未達成とはいえ、一般の会社へ就職する障害者はふえ、就労支援の方法について工夫されるようになってきました。
 私たちはつねに新しい課題に向かい、情勢を切り開いているのです。暮らしの場、働く場を求めて多様に広がった障害のある人たちの社会参加の要求にたいして、徹底して権利として保障しようという立場に立つという原点にたって、研究運動をすすめていきましょう。

A一人ひとりのねがいを「ともに」「つなげ」「広げる」学習研究運動をさらに大きく広げましょう。
 応益負担撤廃の運動は、サービスを利用するさいの費用負担のあり方を考え、語り合うことから出発しました。各地で調査が行われ、利用抑制の事実が明らかにされました。そこから私たちが得たものは、制度の改善であると同時に、障害者のねがいを束ね、統一した力でした。学習研究運動は権利保障運動と車の両輪だったのです。
 しかし、社会福祉の制度が切り崩されていく現実は、学習研究運動に重大な影響をもたらしています。福祉現場では賃金を切り下げ、休暇を返上せざるを得ない厳しい現実があり、本も買えない、話し合う時間がとれない、という切実な声が聞かれます。そのことは、「休暇を取って全障研大会に参加することが困難」「年1回の実践交流会等ができなかった」などといった研究活動の推進とってのカセになっています。また学校の管理の厳しさも、学習研究活動に影響を与えてきています。
 思いや感動を分かち合う、振り返る、事実を共有する、仲間にも考えてもらう、なぜどうしたらと考え合う、こうした活動が保障されなくなっているのです。これらは、「みんなと取り組む」「ねがいを実現する」「もっと多くの人に知ってもらいたい」「深めてどこでもできるようにしたい」、すなわち障害者の権利を保障するうえで必須の活動です。忙しいなかにあっても、学び合うことを貴重にした全障研運動を発展させましょう。

B実態にもとづいた実践や運動をすすめましょう。
 自立支援法に関する改善策が実施された場合においても、調査や学習活動は重要です。利用料を滞納している人の実際、障害の重い人や福祉サービスを長時間利用している人が利用を抑制していないか、「一般世帯」に属する人の負担の実態などを把握することを通して、生活する上で応益負担制度がもたらす問題を掘り起こすことが可能だからです。また、そもそも応益負担制度が障害者福祉制度のあるべき姿と矛盾するということを明らかにする必要があります。たとえば通所サービスの報酬単価が引き上げられたことは施設運営にとっては改善ですが、利用者にとっては即負担増になり、負担額緩和という緊急措置のねらいとも矛盾します。利用者、施設職員みんなで議論しねがいを寄り合わす活動もさらにすすめていかなければなりません。
 実践のあり方に目を向けると、障害者自立支援法という制度が、あるいは特別支援教育の方向性が、集団的な実践を制御したり、拘束する傾向にあることに気づきます。学校でも施設でも集団づくりに力を注いで支援が提供されているのに、個別の支援計画のみが強調され、自立支援法では報酬に直結させて制度化されました。またアセスメントや支援必要度合い測定(障害程度区分認定)で、国が誘導したい目標に一面化された項目や算定方法が採用されてきています。
 制度の上で個別の支援計画が重視されるからといって、集団での活動ができなくなるわけではありません。個々人の課題を集団活動のなかにどのように関係づけていくのかといった視点をもって、個別の支援課題を実践的に検討していきましょう。実践と研究の蓄積の中で明らかにしてきた、子どもを丸ごとつかむ、一人ひとりの内面に働きかけるということと、昨今、強調される定式化されたアセスメントがどう違うのか、具体的に事例を積み上げていきましょう。
 保育・療育の分野でも、遊びや他者とのコミュニケーションの力の獲得など乳幼児期に重視されるべき課題がバラバラにされ、日常生活動作など目にみえる力の獲得にのみを重視するプログラム的な保育がひろがる可能性があります。障害児施設の再編という制度課題と実践課題を結びつけて、学習・研究をすすめていくことが大切でしょう。
 関係する分科会で、実践、制度双方の課題を意識的に交流しながら、おおいに討論しましょう。

C権利条約批准に向けて、国内法整備の方向性を大きく議論しましょう。

 権利条約の批准の課題は国内法の整備でしょう。この機会を積極的にとらえ、障害のある人の権利を十全に保障する法制度はどうあるべきか、議論、学習していきましょう。自立のための支援法制、教育法制のあり方を考えるにあたって、条約の視点が重要視されるべきでしょう。
 権利条約は、権利宣言、国際的行動計画さらに各国の差別禁止法制定等を経て、権利を実体的に保障する段階にきた条約です。したがって権利保障の責任主体を、各条項の主語「締約国」で明確にし、権利を実体的に保障するために、差別を禁止するだけではなく、平等を確保する具体策を講じることも締約国の義務にしています。たとえば、労働分野での障害者を雇用するというとき、雇用率制度や個人に適合するような雇用条件の整備が求められるのです。
 国内法整備の主要な課題はどこにあるのでしょうか。たとえば障害児者に関する児童福祉、教育、福祉、雇用などの法で、少なくとも権利保障の責任主体・国を明確にする権利保障法制定などの課題があります。さらに権利を実体的に保障するためには、実体的に関係している制度状況に即して考える必要があるのではないでしょうか。たとえば主に公的なもので行われている制度については、国の合理的配慮責務を具体化・拡充していく、主に私人間の制度については、「合理的配慮」の具体的内容を監督指導する国の責任を明確にし、他方で私人間の禁止条項を具体化する差別禁止法を制定する、などです。

 わきあがる 平和へのねがい/かがやかそう 障害者権利条約/やまない探究 人間発達の道/まるくつないだ手をはなさずに −−私たちが掲げた大会テーマです。
 今私たちは、障害者のねがいに学び、その現実を見つめあい、それをとりまく制度や政策を考え、さらに国際的な動向や本来あるべき姿を議論しなければなりません。
 障害者のねがい実現、権利と発達保障をめざそうと参加されたみなさん。一人ではなく語り合える仲間をつくって、学習会やサークルをつくってください。だれでも参加できるようにと、ゆるやかな組織にして、「聞いてもらい」「語り合い」「共感し合う」ことに魅力を感じてください。そこでは、参加した一人一人を大切にしましょう。当然、一番困難な人、困っていることを大切にし、階層にかかわりなく、みんながその人の立場にたってなにができるか、共感の輪を広げていきましょう。
 この機会にぜひ全障研の会員になって、ともに学習研究運動をすすめ、大きな権利保障の輪をつくりましょう。

Ver 0715