全国障害者問題研究会

第27回全国大会(新潟)基調報告

                            常任全国委員会


1 「国連・障害者の十年」から「アジア・太平洋障害者の十年」へ

 (1)「国連・障害者の十年」の成果

 「国連・障害者の10年」は、1992年で終了しました。国連は、最終年の総会で「2000年まで及びそれ以降世界行動計画を実施するための長期戦略」を策定し、「万人のための社会にむけてーー啓発から行動へ」というテーマのもと、ひきつづき障害者の「完全参加と平等」の推進をはかろうとしています。世界各国には、さらに10年の行動計画をたてることも奨励されています。また国連のアジア太平洋経済社会委員会第48回総会は、93年から2002年を「アジア太平洋障害者の十年」とすることを決定しました。

 国際障害者年と「国連・障害者の十年」のとりくみをつうじて、私たちはいくつかの貴重な成果をあげました。

 このかん、多くの障害者団体が思想・信条をこえ、共通の要求で団結し、粘り強い要求運動を発展させました。約100団体が結集した国際障害者年日本推進協議会、都府県レベルの「推進協議会」は、要求を出し合いねりあげる討論や調査研究にもとづいて、民間の側からの政策提言と共同行動をくりかえし行い、国・自治体の障害者施策の改善に大きな影響をあたえました。

 法制度・施策の改善では、障害基礎年金の創設、身体障害者雇用促進法から障害者の雇用の促進等に関する法律への改正、共同作業所など小規模作業所への助成制度の実現などがありました。精神衛生法から精神保健法への改正によって、これまで基本的には医療・保健分野でのみ具体化されてきた精神障害者関連施策が、福祉の面でも前進するための第一歩がきずかれました。また交通運賃割引制度が内部障害者・精神遅滞者にも適用されるようになり、福祉タクシー制度を実施する自治体も増加しました。後期中等教育の拡充を求める運動を背景に、各地で養護学校高等部の増設が進みました。「子どもの権利条約」も、ようやく批准の段階にまでこぎつけました。

 また、いろいろな形で積極的に社会に参加する障害者の姿が目立つようになり、国民の障害者と障害者問題への関心・理解も高まってきました。障害者を一般市民と同等の基本的権利をもつ主体とする思想も広がってきました。

 (2)残された課題と政治の動き

 他方、障害者年のとりくみは、リクルート事件、佐川急便事件に象徴される金権と腐敗の政治のもと、軍拡・自衛隊の海外派遣と深く結び付いた、臨調「行革」、福祉切捨て政策の強行とのせめぎあいのなかで進められました。

 八〇年代から今日にかけての福祉切り捨て政策は、日本の社会福祉・社会保障はすでに成熟の段階に到達したなどと事実に反することをけん伝し、関連予算を実質的に低下させ、受益者負担を強化し、いわゆる福祉の商品化を促してきました。この政策は今年に入ってからも継続・強化されようとしています。

 たとえば二月に発足した「保育問題検討会」(厚生事務次官の私的諮問機関)による保育所の措置費制度見直しの動き、本年度中の国会に提出される見通しの「保健所法改正案」などは、こうした政策の一環です。前者のねらいは、保育所を児童福祉法からはずし、国の財政責任を回避することですが、これが、保育所にとどまらず障害者関連施設の措置費制度にも影響を与えることは必至です。また後者は、現在八五二カ所ある保健所を約四〇カ所に統廃合し、保健事業の民間委託化をはかろうとするもので、障害の早期発見のための乳幼児健診、精神障害者・難病者などの医療・保健の機能低下をもたらす危険な動きです。二月に出された社会保障制度審議会の将来像委員会の第一次報告にも注目しないわけにはいきません。この報告は、社会保障・社会福祉の目的・基準を憲法二五条の「健康で文化的な最低限度の生活」に求めることを避けて、わざわざ「すこやかで安心できる生活」などというあいまいな表現にとりかえ、国の責任を放棄し、相互扶助を奨励することによって、戦後のわが国の社会保障・社会福祉制度を根本から破壊することに照準を合わせているのです。

 社会保障・社会福祉をめぐるこうした政策動向のもとで、日本の障害者運動にはたくさんの課題が残されました。法制度・行政について、その一部だけあげておきましょう。

 心身障害者対策基本法は、法の対象となる障害者を制限列挙方式で示しており、精神障害者・難病者などが除外されたままになっています。心身障害者対策基本法をすべての障害者を対象とするものに改めさせ、法の名称の変更も実現するという課題があります。また、身体障害者福祉法、精神薄弱者福祉法、精神保健法その他の法律が分立したままになっており、国や自治体の行政機構も縦割でバラバラになっています。障害の種類による公的保障の格差があったり、法の適用を受けられない障害があったりする状況をなくしていくことも重要な課題として残されています。

 政府は、本年3月「障害者対策に関する新長期計画」を発表しました。「新長期計」は、1993年からおよそ10年間の障害者対策の基本方向として、@障害者の主体性、自立性の確立、Aすべての人のための平等な社会づくり、B障害の重度化・重複化および高齢化への対応、C施策の連携、D「アジア太平洋障害者の十年」への対応、の5点をあげています。ここには、このかんの私たちのとりくみの成果がある程度反映しています。しかし、先にふれた心身障害者対策基本法に含まれている問題点や行政機構上の問題をはじめ、「国連・障害者の10年」で残された課題を棚上げにしているうえ、各分野の年次計画もなく予算的裏付けも明確でないなど、多くの問題点をもっています。またたとえば「新長期計画」の「障害者の問題は、全ての人々自身の問題であること」(『啓発広報』の留意点の一つ)という指摘も、それ自体誤りではないと言える反面、障害者の問題は相互扶助、民間活力の活用で対処しようという政策の表現だという性格ももっているのです。

(3)新しい10年に向けて・・・憲法にたちかえり、国内的・国際的共同と連帯を

 日本国憲法は、その前文で「平和のうちに生存する権利」を確認し、第九条で「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定しています。古くから執拗に続けられてきた憲法改悪の動き、近年における解釈改憲、そして湾岸戦争、PKO法案をめぐる国会審議における政府答弁さえ無視した今回のカンボジアへの自衛隊派遣、これらがおびただしい死者と障害者を生み出した十五年戦争の教訓に学んで作られた憲法を敵視し、違反したものであることは言うまでもありません。

 先にふれた社会保障・社会福祉をめぐる近年の政策は、憲法第25条(生存権)をないがしろにするものです。「日の丸」「君が代」を学校教育に強制し、学習への興味・関心・態度、部活、ボランティア活動などまで点数化しつつ、学力格差の存在を容認し、さらにそれを増大させる「新学力観」を押し付ける教育政策は、「すべて国民は・・・その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と明記した憲法第26条を空洞化させる危険をはらんでいます。

 「国連・障害者の10年」をふりかえり、今日の政治情勢を直視すると、障害者の権利を守り、発達を保障するとりくみの前進のためにも、憲法を守り、いまあらためて、そこに明記された理念、条項にてらして平和、人権の問題を考えていくことのたいせつさが自覚されます。

 そして実際、自衛隊の海外派遣反対、金権政治打破、小選挙区制反対の運動等に、障害者・家族、関係者が積極的に参加しています。生活保護受給者が老後のためにとわずかな貯金をしたところ、貯金相当額の返還を求められた事件をめぐって争われた、いわゆる加藤訴訟の全面勝訴も、朝日訴訟、堀木訴訟の成果を発展させ、憲法第25条を守る運動にとって画期的なできごとです。兵庫県で、養護学校高等部入学にかかわって適用されていた三原則を撤廃させ、本年3月、希望者の全員進学を果たしたことも、障害児の後期中等教育を保障させる全国的な運動の発展を象徴的に示したものです。

 多くの分野の人々との連帯と共同のなかで、障害者の権利保障を進める主体的・客観的条件が熟してきていることも、近年の特徴です。たとえば、国際障害者年最終年に一日もかかさず続けられ、今も継続してとりくまれている京都駅前でのマラソンスピーチは、予想をはるかにこえる広範な人々の参加とつながりを実現しました。多くのところで進みはじめた障害者運動と高齢者運動、生協運動などとの共同と連帯、これらは、その成果をとおして全国の仲間を励ますとともに、各地域、自治体そして全国レベルでの障害者の権利を守る運動のあり方を鮮明に示してもいます。

 また今年4月から実施されはじめた「通級による指導」は、教育条件の整備など多くの課題を内包しています。しかし同時に、この制度の発足は、障害児の教育を通常の学級の教師や父母とともに考え、発展させ、また通常の学級で勉強が「できない」「わからない」状態にされている健常児の学習と発達の権利保障のために、障害児教育の経験と理論を生かす契機としていくなど、障害児と健常児の父母・教師の共同の可能性を含んでいます。

 「国連・障害者の10年」に続いて、「アジア太平洋障害者の10年」がすでにはじまっています。私たちはこの「10年」を、たんなるキャンペーンに終わらせてはならず、またアジア太平洋諸国にたいする経済上、技術上の援助をして日本の「大国」ぶりを誇示するような機会にさせてはならないでしょう。日本では「国際障害者年日本推進協議会」のとりくみの成果を受け継いで、さらに運動を発展させることを目的に「日本障害者協議会」が今年の4月1日に発足しました。この組織が障害者関連諸団体の共同と連帯をさらに強化・拡大し、日本における障害者の基本的人権の保障を確実にすすめるものとして機能するようにしていかなければなりません。そうしてこそ、アジア太平洋諸国の障害者との本当の共同と連帯を形成し発展させることができるはずです。

 全障研も、足元をしっかり固めつつ、「国連・障害者の10年」から「アジア太平洋障害者の10年」という流れの中に自らをしっかり位置づけ、目を世界に開いて前進するという課題を引き受けていく段階にきたと言えるでしょう。

2.当面する研究運動の課題

 私たちは、これまで進めてきた発達保障をめざす研究運動の成果を確認するとともに、新しい10年の出発にふさわしいとりくみをめざす必要があります。以下、いくつかの課題を提起します。

 (1)区市町村を単位とした実態・要求を掘り起こしていこう

 憲法の空洞化の一つのあらわれは、戦後の政府の中央集権的な支配によって、地方自治が侵害されてきたことです。いわゆる福祉関係八法の改正は、国の福祉切り捨て政策の延長線上にあり、福祉予算を削って地方にしわ寄せするものであり、同時に国の財政配分の決定権は依然として確保して中央集権的な支配を堅持しようとするものであるなど、重大な問題をはらんでいます。また、専門職員をほとんど配置できていない、財政面できびしいなどの状況にある市町村も多く、福祉施策の自治体間格差が一段と広がる危険性があります。しかし、従来都道府県に権限があった福祉に関わる事務の多くが、今年度から区市町村に委譲されたことによって、住民にとってもっとも身近な区市町村が、その裁量で福祉の計画をたて実施するという部分が増えたこと自体は、地方自治の本来の姿であるということもできます。言い換えれば、住民が実態と要求を把握し、それを政策化する提案をおこなっていけば、自治体として取り上げられる可能性が増大するということもできます。

 全障研はこれまでも調査研究を重視し、それと結合して政策づくりの力量を高めることの大事さを確認してきました。今とりわけ重要なことは、自治体・地域を単位としてこれを進めることです。

 この点で、京都支部がこれまでの蓄積にたってまとめた『新版・京都障害者白書』はみんなで学ぶべき成果です。しかし、それほど全面的な白書づくりや調査でなくても、各地の養護学校高等部増設運動や学校五日制・放課後の地域生活の充実を運動において、障害児・家族の実態と要求を明らかにする大小さまざまな調査が行われ、大きなちからになったことは周知のことです。調査をもとに、道理と切実さのある要求を取り上げていくならば、自治体が住民とともに、財政の裏付けを求めて国に要求していくことにつながる可能性もあります。「地方の時代」の到来を機に、私たちが全障研運動で学んできた蓄積の上に立って、もっとも身近な地域に目を向け、政策づくりの力量をつけていく活動を強めましょう。

 (2)障害者の生活と意見に学ぶヒアリング運動を展開しよう

 全障研は、この四半世紀の活動の中で発達保障の実践の教訓や理論的成果をつくり出してきました。そのなかで発達理論を学び、優れた実践に学ぶ学習活動が大きく進んできました。これらをさらに多くの人とともに進めていくことは私たちの課題です。

 それとともに、今後重視していく課題として、障害者自身の生活と意見を、より多くの人にたくさんの機会に話してもらい、書いてもらって、そこから学んでいく活動を提起したいと思います。

 障害者運動の最近の特徴の一つは、精神障害者、精神遅滞者をふくむ多くの障害者が、公の場でみずからの体験と要求を堂々と語る姿が目立っていることです。先に紹介した京都のマラソンスピーチでは、そこで登場した多くの障害者が、京都駅前で大勢の人にわずか十分ではあるが自分のこれまで、現在、これからのことなどを話すことによって、その初めての経験が障害者運動などに積極的に関わる契機となったということです。

 全障研結成の初期に多くの経験をした障害者・父母などへのヒアリング活動は、若い教職員や学生が自らの生き方を変える契機ともなってきました。今、新しい10年のとりくみを出発するに当たって、情勢が障害者の実態・要求をしっかり把握することを求めているとともに、障害者を主権者にし、障害者問題に関わる人々の自己教育の機会ともなるこのようなとりくみを各地で進めていきましょう。

 (3)地域の幅広い層と研究運動の共同・連帯を強めよう

 障害者、家族、関係者の権利保障のための要求を組織し、さらにそれを政策的提起にまですすめていくためには、その地域の他の人々のおかれた状況、要求に目を向けなければなりません。限られた財政、社会資源のもとでの現実的な対応を無視することはできないからです。私たちが、真に主権者として地域の担い手としての統治能力を持っていくためには、さまざまな分野・層の人々との共同・連帯は不可欠です。高齢化社会への対応が今日のわが国の福祉の中心課題であるとされていますが、高齢者問題は本質的に障害者問題と深くつながり、共通する面ももったものです。したがって障害者対策と高齢者対策には共通する課題があると考えられます。また、学校週五日制の実施によって、学齢障害児の地域での生活を保障する課題はより切実になってきていますが、その対応のあり方を考えるためには、学校教育、社会教育、福祉等の関係者の共同が不可欠になっています。さらには、地域の再生を願って地域おこしに奮闘している人々とって、働く場を求めている障害者が貢献ができることを知ってもらう貴重な機会をつくることにもなる可能性があります。そしてこれらのとりくみは、障害者の研 究運動をすすめる#

 私たちは、障害者の権利保障は公的・社会的にすすめられるべきであると考えてきました。それは公共の利益に資するもの、「公益性」を持つものであると考えるからです。そして、このことは、私たちの障害者問題へのとりくみそれ自体も特定の障害者のためのものであるだけでなく「公益性」をもったものとしての視野を、常にもつ必要があることを示しています。それこそが、憲法にうたわれているように私たちが真の主権者となっていくことに他ならないのではないでしょうか。

 (4)国際的視野で発達保障の思想・理論を深めていこう

 国際的レベルでの障害者の権利保障運動は、アジア太平洋障害者年に引き継がれ、あたらしい十年のとりくみ期間に入りました。国際的視野に立つことの重要性をさらに強く認識し、研究運動のいっそうの発展のためにとりくんでいきましょう。

 そのさい大切なことは、国連等の活動によって提起されてきた障害者の権利保障の基本理念、国際的基準にしっかり学び、他方でわが国における権利保障の到達点を明確にして、改善課題を明らかにしていくことです。たとえば今国会で批准が検討されている「子どもの権利条約」は、その第二条で障害による差別を禁止し、第二六条で障害をもつ子どもの権利保障について述べています。政府関係者は、この条約を批准したからといって国内法の改正はまったく必要ないなどと言っていますが、それはほんとうでしょうか。全障研はすでに多くの改善課題を提起してきましたが、法制度や施策に関して、さらにどんな改善が必要かを、障害児・家族の要求に照らして明らかにしていく必要があります。

 またこのかん、欧米だけでなくアジア諸国等も含めて、海外に出る障害者・関係者が増えています。海外の障害者や関係者の要求・活動、制度・施策等、そこで学んできたことを「みんなのねがい」や支部・サークルの講座・学習会を利用してみんなのものにし、それを通して発達保障の思想と理論を吟味・発展させていく視点を持ちあいたいと思います。もちろん、他国の制度や活動を無批判に取り入れたり、日本における教訓をそのまま他の国にも当てはめることは戒めなければなりません。しかし、歴史や社会的背景のちがいを直視し、さまざまな条件のもとで取り組まれている研究運動や要求運動にしっかり学ぶならば、より普遍的でゆたかな発達保障の理論化が可能になっていくでしょう。

 27回目の誕生日を迎えた全障研は、21世紀の研究運動を展望し、組織的にも一段の飛躍をめざそうとしています。大会に参加されたみなさん、未入会の方は、この機会に全障研会員となり、ともに新しい10年へのとりくみをすすめていってくださることをこころから呼びかけます。


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