全国障害者問題研究会
 第36回全国大会(神奈川)基調報告
   常任全国委員会




はじめに

 平和、生存権、教育権といった国民の暮らしの根幹となる日本国憲法の条項に対して、それらをないがしろにする攻撃が矢継ぎ早です。国会では憲法の改正の意図をもった憲法調査会が開かれ、教育の憲法である教育基本法の「見直し」が中央教育審議会で始まりました。
 この1年間、全障研はこれまでにもまして、平和と民主主義を守るための意志を強く表明してきました。鹿児島での全国大会の直後、戦争を美化し戦後の民主主義をゆがめる「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を採択しようとする東京都教育委員会に対して、「『つくる会』の教科書を都立障害児学校に押しつけてはならない」(8月2日)と題する声明を発表しました。翌月、アメリカで起こった同時多発テロとこれに対する報復戦争の動きに「法と理性による平和的解決を」(9月27日)を、今年に入って「有事法制に反対する声明 障害者は平和でなければ生きられない」(5月30日)と、一貫して、平和こそ障害者の権利を守る礎であることを訴えてきました。
 私たちはいまこそ、今大会のテーマである「つながれ、ひろがれ 平和・人権・発達へのねがい」を掲げ、広範な人々とともに研究運動をすすめていきたいと思います。


1.「聖域なき構造改革」が障害者の生活と権利を直撃している

 小泉内閣による「構造改革」、「痛みの押しつけ」が障害者と家族の暮らしのあらゆる面を直撃しています。昨年から「統計史上最悪」と記される失業者の増加が続いていますが、きょうされんが実施した調査によると、不況の影響があったと答えた作業所は74.3%にのぼり、この1年間でさらにひどくなったと答えたところが45%でした。また企業のリストラにあって作業所を利用することになった人が増加していると指摘しています。「小泉医療改悪」のもとこの4月実施に改定された診療報酬によって保険点数が切り下げられ、障害者医療にも影響しています。整形外科の理学療法の改定は脳性マヒなどへの早期対応を担っている肢体不自由児施設の運営を圧迫し、子どもたちの機能訓練の内容や回数を変更せざるを得ない事態をよんでいます。「規制緩和」を旗印にすすむ郵政事業の公社化問題では、第三種郵便、第四種郵便物の存続が危うくされています。多くの障害者団体が機関紙の発送を低料第三種に、点字印刷物や録音物は第四種郵便によっており、この制度を廃止することは障害者の社会参加への道を閉ざすことになるでしょう。
 国際障害者年以降、20年余の間に、長期計画や障害者プランなどによって実現させてきた障害者施策の一つひとつを守ることとあわせて、雇用や医療制度の改悪、社会保障全般に対する全面的な攻撃に対して、国民各層と手をとりあった運動をすすめていくことが、いまたいへん重要になっています。今年の基調報告では、こうした全面的な動向の中から、重点的な課題について提起します。


2.障害をもつ子どもをめぐる情勢

(1)安上がりの保育政策のもとでの乳幼児期の障害児
 地域保健法、母子保健法の改定によって、乳幼児健診は基本的に市町村の事業になり、条件整備における自治体間格差は広がる傾向にあります。昨年発表された全障研の第2回全国障害乳幼児施策実態調査によれば、第1回調査(1990年実施)と比べても健診後の親子教室を実施する自治体は増加し、そうした整備をすすめたところでは健診の受診率にも改善がみられる一方で、系統性あるシステムづくりが立ち遅れた自治体では、受診率低下の傾向がみられました。乳幼児健診の一部が医療機関などへ委託され、集団健診から個別健診へと移行させた自治体もありました(『障害者問題研究』第29巻2号参照)。その結果として、発達相談などを含む総合的な健診内容が後退してしてしまったり、発達障害の早期発見がむずかしくなっているとの指摘もあります。育児困難などの広範化する問題に対応するためにも、国や自治体の責任による専門性の確保された健診システムづくりが、ますます大切な課題になってきました。
 早期療育・保育の分野では、障害者プランにおいて地域に密着した療育を担うことを目的に数値目標化された障害児通園(デイサービス)事業は、政府が公表した進捗状況(2000年度末実績)で重症心身障害児(者)通園事業と合わせて582ヵ所にとどまり、目標の1,300ヵ所に遠く及びません。プラン策定時にはすでに307ヵ所設置されていたことを考慮すると、きわめて不十分な状況です。
 保育所での障害児保育は、先の実態調査でもこの10年間で明らかに実施自治体がふえ拡充の方向にあります。通園施設や通園事業のない町村の保育所がきびしい条件の中でも障害児保育を実施していることも明らかになりました。しかし保育政策の後退によって、保育所での障害児保育もきびしさを増しています。「待機児ゼロ作戦」もその内容は定員の125%を超えて入所を認めるなど、国民の期待に応えるものではありません。その結果、廊下での給食を食べざるを得ないなど乳幼児の生活の場としての質を失いはじめている保育所もあります。また、公立保育所の民間委託化によってこれまでにつくりあげてきた自治体の障害児保育システムに支障が生じたなど、まさに保育全体を守る運動とともに障害児保育の発展をめざす運動が重要な情勢となっています。
 こうしたなかで、通園事業が支援費制度への移行する問題について、全障研は昨年11月、厚生労働省に対して意見書を提出しました。児童福祉法にもとづく通園施設が、療育の公的保障の重視を理由に措置制度に残されることになったにもかかわらず、通園事業は来年度から支援費制度への移行が予定されています。通園事業では、サービスの「自由な選択」を優先させたとの説明がなされていますが、通園施設が限られた地域にのみ設置され、だれでも利用できるものでない以上、同じ役割が期待される通園事業にのみ支援費制度を適用するのは、地域間格差や利用者間の不平等を拡大することになります。さらに、障害の認定の方法、利用者負担金の内容、運営費の保障など不明確なことも多く、改善を求める運動が強まっています。

(2)学齢期の障害児
 学齢期の障害児をめぐる情勢は、「ひとしく教育を受ける権利」のあいまい化、公的責任の縮小をねらった教育基本法「見直し」など、教育全般にわたる諸課題と深く関わって展開しています。そうした理解を前提にしつつ、最近の特徴に限定して報告します。
○学校教育法施行令の一部改正等に関連した動向
 昨年1月に公表された調査研究協力者会議報告『21世紀の特殊教育の在り方について』を受けて、その提言の具体化がすすめられています。提言内容のうち、就学基準の「改正」および就学手続きの見直し等については、学校教育法施行令の改正によって、来年度就学を迎える子どもたちから新基準などが適用されることになります
 今回の学校教育法施行令の一部改正は、@盲・ろう・養護学校の教育の対象となる子どもの「心身の故障の程度」の規定(以下「就学基準」)の改正、A「就学基準」上、盲・ろう・養護学校の対象とされる子どものうち、「小学校又は中学校において適切な教育を受けることができる特別の事情があると認める者」(「認定就学者」)を小・中学校に就学させる規定の新設、B就学指導委員会に関する規定の「整備」などを内容とするものです。
 @については、従来の、「障害」と就学措置を直結させる発想を一部「弾力」化した点など妥当な側面とともに、障害児教育諸学校の対象をより重度の子どもに限定しかねない危険性もあわせもつものです。また、この規定が従来、重複障害認定の基準ともされてきた点からすれば、重複学級開設の抑制とも連動しかねません。今後、新「基準」の実際の運用において、「障害児教育諸学校の教育を受ける権利」の限定化などにつながらないよう監視を強める必要があります。
 Aについても、「心身の故障の程度」と就学措置を機械的に直結させる従来の発想を一部改め、「就学基準」上、盲・ろう・養護学校の対象に該当しても、小・中学校で「適切な教育を受けることができる」場合があることを認めた点、そうした子どもの小・中学校への就学を「公認」した点は積極的に評価しうるものです。しかし、これらの子どもが「適切な教育を受ける」ために必要な条件の整備が公的責任においてすすめられないならば、単なる「認定」となって、通常の学校で学ぶ障害児の教育権は保障されません。「認定就学者」規定の新設を、通常学級で学ぶ障害児の教育権保障に対する公的責任を明らかにするための契機としていくことが求められます。
 Bについて政令は、就学指導委員会の役割を個々の専門家への「意見聴取」と規定し、盲・ろう・養護学校の該当者のみを対象とし、より軽度の障害をもつ子どもについては「専門家の意見聴取」さえ規定しませんでした。その後出された文科省の通知(「障害のある児童生徒の就学について」)でも就学指導委員会の設置は「重要」(都道府県は「適当」)とされましたが、「必置」とはされなかったことなど、現状から見ても、また『21世紀の特殊教育の在り方』報告の提言に照らしてさえ、不十分さの目立つものになっています。この不十分さは、国から自治体への強制的規定は最小限にとどめるという地方分権の趣旨にたつものだといわれますが、そうだとすれば、自治体レベルでのていねいな就学指導・就学相談を創造・発展させるための国・地方自治体それぞれの役割がいっそう明確に示されるべきです。どの地域に生まれても、例外なく、合意と納得の下で適切な教育を受けられるよう、自治体レベルでの就学指導・就学相談の充実をすすめること、「分権」の名の下での地域格差の拡大・放置を許さないために、各地のとりくみの成果を交流しあい、手を結んですすむためのネットワークをつくりだすことなどが切実な課題になっています。
 学校教育法施行令の改正などと並行して、「特別支援教育の在り方」を課題とする新しい調査研究協力者会議が審議をすすめています。今日までのところ、「小中学校における特別支援教育」(主としてLD、ADHD、高機能自閉症などへの対応の検討)、「障害の種別を超えた盲・ろう・養護学校」の二つの作業部会において、それぞれの主題が検討されています。この協力者会議も今年度内には報告をまとめることが予定されており、動向を注視する必要があります。
○障害児教育発展の課題
 協力者会議「報告」は日本の障害児教育は「整備されてきて」いるという前提にたち、「盲・聾・養護学校や特殊学級などの整備充実」の必要性はないかのような論を展開しています。しかし現実はそうではありません。この間、学齢児童生徒の総数は減少を続けているにもかかわらず、障害児学校、障害児学級いずれにおいても、そこで学ぶ子ども・青年の人数は、実数において増加しています。
 障害児教育機関の在籍率の増加は、地域ごとの進展の度合いのちがいなどを含みつつ、全体として障害児教育諸機関のマンモス化、狭隘化、教職員不足などの状態を強め、障害児教育諸学校、障害児学級、通級指導教室、通常学級での障害児教育のための諸施策の全般的「不足」を顕在化させつつあります。県の障害児教育整備計画の中に寄宿舎や幼稚部の新設を盛り込ませた沖縄のように、地域の実態に即してていねいに市民に訴えることによって、障害児教育諸機関の新設・増設を含めた適正配置を実現していきたいものです。
○学校五日制完全実施をめぐって
 本年4月より学校五日制が完全実施されました。この間数多くとりくまれた放課後・長期休暇などの実態調査が共通に明らかにしたことは、障害をもつ子ども・青年の学校外生活が、かつての不就学児の生活実態などと共通するような状況の下にあり、社会的な施策が不十分な場合には、学校外生活=家庭生活ともなりかねないこと、こうした事態は障害をもつ子どもにとっても、その家族にとっても、きわめて貧困なものといわざるを得ないことでした。
 このような実態と、その改善への切実なねがいは、それを受けとめる運動のあるところでは、学校五日制完全実施を契機にして一定の社会施策を生みだしています(鹿児島市、千葉県、滋賀県など)。しかし国の公的施策のないこの分野では、従来から自治体の姿勢などによる地域間格差が見られましたが、「地方分権」の下で、それがいっそう拡大されかねない状況が生みだされています。余暇・放課後をゆたかにすごす権利を、どこの地域においても保障される普遍的な権利へと高めていくとりくみが求められています。
 学校五日制完全実施と関わって、子どもたちにほんとうのゆとりを保障するためには、教職員にも時間的ゆとりと精神的自由さが必要です。学校五日制完全実施を口実にして教職員の管理統制や労働強化をはかるのでなく、真の意味での「ゆとり」をつくりだすとりくみ、それを可能にする条件整備が求められています。


3 支援費制度をめぐる諸課題

1)支援費制度の問題点

 「利用者本位」をキャッチフレーズに準備がすすめられてきたはずの支援費制度ですが、制度開始の時期が迫ったにもかかわらず、さまざまな問題点が浮かび上がっています。
 その第1は、選択できるだけの福祉サービスが整っていないということです。サービスの種類と量の点ではまず障害者プランの未達成という問題点を指摘しなければなりません。今年度でその計画を終了する「障害者プラン」は、数値目標が設定された段階ですでに不十分さや内容面での不足が指摘されていたにもかかわらず見直しはされず、最終年を迎えた今年度多くの未達成項目を残しています。さらに市町村段階の計画についても約40%が整備の数値計画もありません。したがって「利用者の選択」を基本とする支援費制度の実施を迎えるにも「選ぶに足る」社会資源が整っているとはとてもいえません。
 第2に、利用者が自分にあった福祉サービスを選択するためのシステムの不備です。この段階で支援するのがケアマネジメントであり、介護保険制度ではこの事業が重要な役割を果たしていますが、支援費制度では制度化されず、サービスの申請から認定、決定まで市町村の窓口に任せられることになりました。市町村職員が直接障害者から、障害程度、利用者の意向、介護者の状況、他のサービスの利用状況を聞き取り、さらに当該サービスの基盤整備状況を勘案して市町村が支給金額や支給量を決定します。しかし、申請開始の10月を前にして、限られた職員と予算のなかで、市町村職員の研修も十分でなく、専門家による審査もないままに申請から決定までの手続きがすすめられることに、疑問と不安の声が上がっています。
 第3に、利用できるサービスの内容や量に関わる問題です。在宅の障害者のための居宅生活支援費、施設利用のための施設訓練等支援費、いずれの場合も障害の状態などが調査され、サービス量が決められます。たとえば居宅サービスのための調査項目は本人の日常生活上の困難だけでなく家族の介護の実態も勘案項目に含まれます。施設サービスに関わる障害程度の区分は、先にふれたように、市町村職員がチェックすることを前提にしているため、各サービスごとに約20項目が単純に列挙された簡略的なものです。この間、障全協やきょうされんが行った厚労省との交渉によって、チェック項目に改善がみられはするものの、まだまだ課題を残しています。また施設は3年、居宅支援は1年と、支給期間に制限を設けいていることも大きな問題です。

2)市町村にたいする働きかけを
 どの自治体も制度開始までの準備すら十分にはすすんでいません。京都では、障全協、きょうされん、保育福祉労と全障研が中心になって支援費問題での懇談会を重ねてきました。この会が、会合で出された疑問や問題点を明らかにしようと、府下の全自治体に対して支援費の準備に関する調査を実施したところ、万全に準備ができている市町村は1ヵ所もなく、「できるならば実施を延期してほしい」という回答も寄せられています。
 支援費制度は、国の社会福祉を公的に整備する義務を市町村の自由裁量に転嫁する性格をもつために、放置するならばサービスの水準や申請などの手続きにおいても市町村の間の格差がいっそう拡がってしまうでしょう。すでに各自治体にはそれぞれの地域の運動によってつくりだしてきた独自の施策もたくさんあります。自治体の中には、支援費導入をきっかけにしてそうした単独事業を切り下げようという動向もあります。
 支援費制度は介護保険のように保険料や1割の利用料などの負担はできないという障害者関係者の前に、国の国庫負担率は従来どおりで租税主義が維持され、利用料は応能負担がとられることになりました。国の財源を今まで以上に増やすことはできないが利用契約制度の導入のためにとにかく安上がりにしたいという意図があるといえるのですが、同時に「これ以上の負担はできない」という障害者・家族の切実な声を、支援費制度の改善に生かしていくことが課題となってきています。
 障全協、きょうされんなどの地域組織と連携して、支援費制度の学習会を開き、サービス内容、手続き、利用料などあらゆる面での改善にむけて、市町村に対する働きかけを強めていくことが緊急の課題だといえましょう。


4.当面する研究運動の課題

今年2002年は、「アジア・太平洋障害者の10年」最終年であるとともに、国内的には新しい障害者基本計画、障害者プランスタートにむけて動き出すたいへん重要な年です。今年秋には最終年記念フォーラムや国際会議などが企画され、キャンペーン事業がとりくまれています。全障研は、障全協、きょうされんとともに、年明けの2月、東京でシンポジウムを開催し、この全国大会でも、今後の障害者問題の課題について検討しています。政府は、新しい障害者基本計画に関する懇談会をスタートさせました。「アジア太平洋障害者の10年」も継続することが決まりました。20世紀の終盤、世界の人々の英知を集めた障害者の「完全参加と平等」という目標を、21世紀の遅くない時期に日本社会において実現するという視点をもって、創意あふれる研究運動をすすめていきましょう。

(1)権利侵害の実態と権利保障の到達水準の総合的点検を
 障害者権利宣言や国際障害者年の行動計画に盛り込まれたことがらを具体化すべくはじまった「国連障害者の10年」(1983〜92年)はわが国の障害者施策にも大きな影響を与え、初めて長期計画が立案されました。それから20年、「可能な限り通常のかつ十分満たされた相当の生活を送る権利」(権利宣言)は実現したのでしょうか。新しい10年を迎えるにあたって、それぞれの年齢、ライフステージごとに権利の名にふさわしい生活が保障されているか、障害のちがいによって差別はないか、さらには居住する地域による格差はないか、総合的な点検のとりくみが求められています。
 法律のレベルでは、この間、資格や免許の取得するさいに障害を理由に制限を設けている法律の条項(欠格条項)の改正がすすみました。しかし、「相対的条項」が残されたり、今回改正の対象となった60条項のほか、自治体の条例、さらに航空機の搭乗制限などを含めてたくさんの差別的な法律、規則が残されています。職業を選択する上での自由と平等の実現、社会参加の上での制限の撤廃という目標に向かう途上の課題として、あらためて法律や規則を見直していくことが必要だといえましょう。
 それぞれのライフステージごとの権利の水準、あるいは発達を保障するための制度が確立しているかという点についても点検していきたいものです。たとえば乳幼児期、情勢で述べたような障害者プランの未達成状況や保育・療育の未整備な現状は、児童福祉法にもとづく通園施設一つとっても設置義務の規定をもたず、任意に設置されてきた経過に規定されています。肢体不自由児通園施設では、指導にあたる職員の最低基準もつくられず、診療報酬と少額の措置費(通園指導費)による運営を余儀なくされてきました。通園施設の設置の遅れや地域格差を埋める課題を負った障害児通園事業の実施主体は市町村とされ、費用も市町村の支弁に委ねられ、国からは限られた補助金しか支給されません。根本的には、児童憲章や子どもの権利条約に規定された障害をもつ子どもたちの治療と教育の保障の原則、憲法第25条の生存権、国の生存権保障義務を、障害乳幼児の分野に具体化すべき児童福祉法、母子保健法が、国や地方自治体の責任を具体化していない問題にいきあたります。
 障害別の課題に視点をあてると、遅れがいちじるしいのが精神障害者の分野です。わが国では精神障害者の福祉施策がとりくまれるようになってわずか10年ほどしかたっておらず、地域生活を支える施設やサービスはきわめて貧困な状態に押しとどめられ、医療の分野も他科に比べてたいへん劣悪な水準に放置されています。国会に上程された「心神喪失の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」は長期の拘禁など人権上の問題を含んでいる上に、精神障害者の医療・福祉施策についての根本的な解決がまったく示されていません。
 昨秋、国連において障害者権利条約の実現にむけた行動が提起され、この夏には具体的な討論が開始されようとしています(『みんなのねがい』7月号参照)。こうした国際的動向を学びつつ、精神遅滞者権利宣言、障害者権利宣言に盛り込まれた人として生きる権利を、少しずつ現実のものとしてきた私たちのとりくみを、さらに一段飛躍させるために、私たちの身近なところでのこうした点検と見直しの活動をおおいに展開していきましょう。

(2)実態・要求の掘り起こしと政策立案能力の形成を――市町村・地域に焦点をあてて
 情勢で繰り返し指摘されたように、福祉においても教育においても市町村の役割が大きくなります。必要な財政的裏付けを欠く権限だけの「移譲」の問題点を指摘しつつ、私たちは今まで以上に各支部・サークルが主体となって、それぞれの地域に即した実態と要求の掘り起こしを行い、市町村障害者政策の達成状況などの点検を通じて、積極的に政策提言をしていく必要があります。
 とりわけ支援費制度がどのように運用されていくのか、実態の把握が急務となっています。支援費制度の準備状況を明らかにし、支援費の対象からはずれたりこれまで受けていた福祉サービスが受けられなくなる人が生じないようとりくみを強めていく必要があります。障害児者福祉全体を漏れなく組み込んだ新障害者市町村プラン、障害児者全体を対象とした「利用者の意向」を尊重したサービスの「斡旋、調整、利用要請」システムをつくっていくことが重要になってきています。
 そのさい、たとえば乳幼児期であれば、現実に市町村の事業として行われている乳幼児健診、通園事業、障害児保育、都道府県の事業として行われている地域療育等支援事業など、身近な自治体の施策が問われる状況のもとで、自治体労働者や行政の担当者とも連携しつつ、地域の実態にふさわしいシステムや市町村の新障害者プランをつくりあげていく課題があります。おそらく、地域のなかでのとりくみをすすめることは、法や国のレベルの施策の不十分性を明らかにする契機になることでしょう。「地方分権」の進展の下で、地域ごとの実態把握と政策提言のとりくみをすすめることを通して、国の責任による全国的な水準をつくりあげていくための研究運動の推進が求められています。

(3)理論問題を集団で学習・検討しよう
 現在の状況をより的確に把握し、要求を具体的なものとしていく上で、理論的な研究課題にさらに力を入れていく必要があります。とりわけ緊急かつ重要なものとして、大きく三つのテーマがあげられます。
@障害と障害者の定義と施策
 昨年、国際保健機関(WHO)の国際障害分類(ICIDH)が改訂され、「生活機能・障害・健康に関する国際分類」(ICF)というタイトルとなりました。ICFは1980年版の国際障害分類で示された障害の階層性を踏襲しつつ、環境や社会と障害の関係を深化させ、心身の障害や生活上の困難をより中立的に表現しようと試みています。障害とそこから生じる困難をどうとらえるかという問題は、介護保険制度の介護認定や支援費のチェック項目、さらに学校教育法施行令の「心身の故障の程度」など、この間の福祉や教育の動向と深く関わっています。各分野でICFで提起されたことがらを多角的に吟味しつつ、その活用の方途と留意点などをわが国の実態に照らして検討していく必要があります。
A障害児教育の条件整備ならびに実践のあり方についての具体的提言
 文部科学省は、「特別支援教育」という名のもと、障害児教育の対象を広げるかのようなポーズをとっています。その政策の詳細は情勢部分に譲りますが、そこに内在する新自由主義的路線を批判的に分析し、障害児教育改革の具体的展望を示す必要があります。どの地域にどのような条件をもった学校・学級をどれだけ設置していくべきなのかといった条件整備について具体的に提言し、「生きる力」を日常生活や仕事への順応へと矮小化させることなく、すべての子どもの全人格的発達と完全な社会参加を保障する教育実践をさらに深めていくための学習活動をすすめていきましょう。
B「発達保障論」の深化にむけて
 全障研は、結成以来一貫して、「障害者の権利を守り発達を保障する」ことをめざして研究運動をすすめてきました。この目的には「個々人の発達」を保障する課題はけっして個人の力で解決されることではなく、個をとりまく集団や社会の発展、すなわち権利保障と結んでこそ実現するという考え方を含んでいます。発達保障論はそれまでの社会適応主義的な「特殊教育」や恩恵的な福祉観を根底から覆し、今日にいたる障害者の人権保障の礎を築いてきました。こうした研究運動の成果も含みこんだ今日の障害者問題の到達点を私たちの共有財産とするとともに、理論と実践のさらなる深化をめざして、関連諸科学の成果に広く学びながら研究運動をすすめていく必要があります。
 たとえば、教育実践における個別の指導計画、学校から社会への移行における「個別移行計画」、福祉における「個別支援計画」など、教育においても福祉においても「個を尊重する」ためのシステムや実践についての討論がさかんに行われています。しかしそれらの個別が「孤立」に結びついてはならないでしょう。そうした視点で個別の指導計画と集団指導のあり方、集団の中で個性が輝く実践などを、十分に検討していくことが求められてきます。

(4)国民各層と共同した研究運動をすすめよう
 上で述べた研究運動は、ひとり全障研だけで担いきれるものではありません。また、これまで述べてきたように、「小泉構造改革」のもと、障害者・家族の暮らしにたいへんきびしい攻撃がかけられていますが、各地のとりくみが教えていくれることは、まさに手をつなぎ連帯すれば、現状を変えられるということです。昨年、全国大会を成功させた鹿児島では、その後屋久島などでも通園事業の設置にむけて自治体と住民の協議がはじまっています。大会前からとりくんできた住民の要求を広範に掘り起こす「わくわくリレー」のとりくみが契機となったのです。山梨県では、通園事業「いずみ園」の職員・保護者などによる長年の運動が、地域の施設関係者や自治体労働者に共感を広げ、知的障害児通園施設を開園させました。政策をもって要求を掘り起こし、ねばり強く運動の輪を広げつつある運動は、地域を変革する可能性に満ちています。
 また、パソコンは「多機能だから」と不合理な理由で日常生活用具に組み入れることを見送られてきましたが、「IT機器を認めてほしい」という声は急速に世論を動かし、今年4月より支給されるようになりました。障害者の切実なねがいに学び、障害者と関係者がインターネットも駆使して多くの人たちとつながり、道理ある政策を示して運動した成果です。
 多くの関係者とも課題を共有できるほどに、矛盾は広範化しています。そこにこそ、研究運動を飛躍させる可能性とエネルギーが醸成されつつあり、これまでになかったほどの関係者との共同が実現しつつあります。すべてのライフステージに即した実態や要求を掘り起こすために、障全協、きょうされんとの連携をいっそう強化するとともに、各世代の当事者・家族、教育・福祉・医療・労働の各分野、各階層との幅広い共同のとりくみが求められます。特にこれからを担う若い世代が、積極的に参加できるような研究運動をすすめていく必要があります。
 今日、社会生活のあらゆる分野で公的責任が放棄され、市場・競争原理のもとでの「上からの」管理・統制が強化されようとしています。私たちは、教育・福祉の場や、地域活動において、参加と共同、連帯と自治、公開と合意の原理にたって、一人ひとりの小さなねがいをつなげて、みんなのねがいにしていき、それによって一人ひとりがまた大切にされる社会を築き上げていきたいと思います。
 そのためにも、一人でも多くの方が全障研に参加され、ともに研究運動をすすめていくことを訴えます。

 
ver2002.7.16

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