全国障害者問題研究会
 第37回全国大会(滋賀)基調報告
 
                               常任全国委員会






はじめに

 全障研は今年3月、いのちと平和を守る決意を示す声明(「イラク戦争の即時中止を求めます。障害者は戦争を許さない」「戦争のための人づくりをねらう教育基本法の改悪に反対します」)を発表し、多くの障害者団体とともに戦争反対を強くアピールしました。日本国憲法は「平和のうちに生存する権利」を世界に宣言し、国連「障害者に関する世界行動計画」は、障害発生の最も大きな原因である「戦争を防止すること」(B-8項)を呼びかけています。しかし、世界中に広がった「戦争NO!」の声に背を向けて、アメリカ・イギリス両国は、道理なき野蛮な「イラク戦争」を強行しました。日本政府はそれに無批判に追随し、両国を支援しました。戦争と障害者の幸せは絶対に両立するものではありません。
 こうした平和への強いねがいにもかかわらず、政府・与党はテロ対策や北朝鮮にかかわる諸問題を口実に、最大野党の民主党を取り込み、国民の基本的人権さえも踏みにじる危険な有事法制を今国会で採決しました。小泉首相は「自衛隊は実質的に軍隊で、いずれ憲法も軍隊と認め、しかるべき名誉と地位を与える」と国会答弁しています。平和と人権、民主主義をうたった日本国憲法の「改正」がねらわれています。
 経済も深刻で、国民の、とりわけ障害者や高齢者の生活はますます厳しさを増しています。政府の「構造改革」路線は破綻を極め、長期不況、大リストラの嵐の中で、多くの障害者の解雇を含む完全失業率は5%を超え、自殺者は年間3万人を超える異常な状況が続いています。今年4月、医療費3割負担と制度発足以来はじめての年金支給額引き下げが実施されました。社会保障審議会「社会保障制度改革スケジュール」では、年金保険料の抜本的引き上げ、年金支給年齢の引き上げ、70歳以上のお年寄りからも保険料を徴収する高齢者医療制度、障害者も含めた20歳以上のすべての国民から保険料を徴収する介護保険制度の改定等々が計画されています。消費税を10%以上に引き上げる案も打ち出されています。
 世界的には、この6月、国連において「障害者権利条約」を実現する方向が確認され、準備のためのワーキンググループが始動しました。この作業には政府代表ばかりでなく、NGO、障害者組織の代表がたずさわることになりました。「障害者権利宣言」や国際障害者年の提起は、具体的なかたちとなって深化しています。真に障害者の「完全参加と平等」を実現する社会とするために、世界の動向にも学びつつ、平和と人権を守り育てることを基盤にすえた、私たちの主体的な研究運動をすすめていくことがますます重要になっています。


1.障害者福祉の「転換」とその問題点


 2003年は、障害者福祉制度にとって、戦後半世紀続いた措置制度が支援費制度に転換されるという大きな節目の年です。すでに制度から4ヵ月が経過しましたが、この間、予想された問題点が現実になっています。「社会福祉基礎構造改革」路線の下に、「似て非なる」言葉を巧みに使い世論形成しながら、社会福祉に市場原理を持ち込み、国民に負担増を強いるとともに、「地方分権」の名の下に、政府の社会保障予算をいっそう削減して、国の公的責任を放棄しようとするねらいが、障害者と家族の暮らしに貫徹しようとしているのです。
○制度が未整備な乳幼児領域にさらなる打撃
 障害乳幼児に関する分野では、保健所の統廃合がすすみ、乳幼児健康診査の医療機関への委託が進行しています。また、障害児保育補助制度が今年から一般財源化(障害児保育に特定された予算が地方交付税化によってなくなること)されました。前回の「障害者プラン」でようやくはじまり、保育所や幼稚園への巡回相談を担ってきた「障害児(者)地域療育等支援事業」も一般財源化され、これをすすめる予算をほんとうに確保できるのか不安が広がっています。厚生労働省は、障害児保育・支援事業が各自治体に普及したことを一般財源化の根拠としていますが、現状では両者とも各地に普及しているとは言えません。障害児保育では、軽度の障害児は対象外であること、フルタイムで働く父母が育てる障害児の場合は保育時間に見合った補助制度になっていないなど多くの問題があります。
○新障害者基本計画、新障害者プランに不満続出
 昨年末に策定された新障害者基本計画(2003年から2012年)と「新障害者プラン」(前半期の目標)をめぐっては、十分な財政措置もなく、総合的な障害者福祉法や差別禁止法、民法の扶養義務見直しなどにはまったくふれないなど、多くの不満の声が寄せられました。とりわけ新プランは、02年までの数値目標を達成しないまま、目標項目を減らし、かつこれまでよりも緩慢なカーブでの目標にするという、関係者の願いを無視したものです。無認可小規模作業所への国の補助件数が大幅に減り、さらに今年10月には難病対策を見直し医療費の自己負担を増やすことも予定されています。
○支援費制度にともなう諸問題
 昨年の基調報告は、支援費制度開始を前に、@選択できるだけの福祉サービスが整っていない、A申請・選択・契約など一連の過程を援助するケアマネジメント体制がない、Bサービス内容と支給量が要求と合わないケースが生じるといった問題点を指摘しました。この1年、障全協やきょうされんをはじめとする障害者関係団体は、厚生労働省とねばりつよく話し合い、制度の詳細が決定する過程で改善を要望しました。全障研は障害児通園事業の関係者とともに、通園事業(児童デイサービス)が保育・療育の場として施設と同様の役割を果たしてきたこと、軽度の障害をもつ子どもや発達の弱さ、育てにくさをもっている子どもも保育所・幼稚園に通いながら利用するなど、柔軟でかつ自由度の高い取り組みを展開してきたことなどを強く訴え、保育所との併行通園や支援費単価の改善、障害の診断を受けていない子どもの利用などを実現させました。しかし、申請方法や利用料の徴収をはじめ、問題点が山積しています。
○一致点でとりくむ共同行動の可能性
 一方この1年、障害者関係団体による一致点でとりくむ共同の行動が前進しました。1月、日本障害者協議会(JD)をはじめとしたわが国のほとんどの障害者団体によるホームへルパー利用制限撤廃の闘いは、厚生労働省のもくろみをストップさせ、新たに「検討会」を設置させました。道理ある主張と粘り強いとりくみは世論をつくり情勢を変えます。郵便事業の公社化にあたって廃止がねらわれていた第3種・第4種の低料金郵便制度も存続させました。障全協を軸にとりくまれた扶養義務者の負担金をなくす署名運動等は、支援費制度で障害者の負担金扶養義務者から親を除かせることを実現しました。参政権保障を求める運動でも、ALS投票権裁判で違憲判決(2002年11月、東京地裁)をかちとるなどの前進がありました。また、滋賀県では知的障害者虐待裁判(サングループ事件)で、人権侵害に対する雇用主の責任だけでなく、虐待等を雇用主などにさせない国や県の監督指導責任を明らかにする判決がありました。
○実態調査活動は大きな力に
 こうした成果を得る上で、全障研支部や会員も協力してとりくんだ運動団体等の全国的な実態調査活動が重要な役割を果たしました。愛知支部は県内の障全協、きょうされん組織と一緒に「障碍がある人とその家族の生活実態調査」を実施、1ヵ月の家計を調べここに聞き取りをして、県の障害者医療有料化の不当性や介護保険の減免等を要求する上での根拠を導き出しました。きょうされん「障害者のための社会資源の設置状況等についての調査」(支援費制度でその前提となる市町村の社会資源整備が非常に遅れていることリアルに指摘)、障全協「支援費制度施行準備に関する調査」(障害児者の主たる窓口となる市町村の障害児者を配慮した準備活動の遅れを明らかにする)」など、いずれも事実を調べることによって全国的な実態や課題を明らかにした説得力のあるものです。


2.「今後の特別支援教育の在り方」と私たちのめざす障害児教育

 今日、日本国憲法の改悪路線がきわめて露骨に教育にもちこまれようとしています。2003年3月には、教育基本法の条文に「公共」「伝統」「国を愛する心」の用語を新たに挿入することを求めた中教審答申が出されました。財源の縮小をことさらに強調し、人的・物的教育条件の拡充なしで、教育の「構造改革」が押し進められようとしています。今年3月末の「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」にも、こうした基調が反映しています。
 同報告では、「障害の程度等に応じ特別の場で指導を行う『特殊教育』から障害のある児童生徒一人一人の教育的ニーズに応じて適切な教育的支援を行う『特別支援教育』への転換を図る」という基本的方向が示され、従来の盲・聾・養護学校、特殊学級および通級指導の制度を「特別支援学校・特別支援教室」の制度へと転換することが提唱されています。従来の特殊教育の対象の障害だけでなく、通常学級に約6%在籍するとされるLD、ADHD、高機能自閉症への教育的支援を行うことや、障害児学校のセンター的機能、あるいは「特別支援教育コーディネーター」といった新しい提言もなされています。しかし、「厳しい財政事情」を踏まえて、「既存の特殊教育のための人的・物的資源の配分の在り方について見直」すという基本的姿勢は、障害児教育の蓄積を根底から切り崩す危険を有しています。
 最終報告は、障害児学級を制度的に解消し、通常学級に障害児を在籍させて特別支援教室という場で必要に応じて指導するという案を打ち出しました。これは、地域や学校ごと、あるいは障害種ごとに多様な形態で運用され、多様な機能を果たしている現行障害児学級制度の実態を無視した提起だと言わざるを得ません。今日までの教育実践の蓄積は、障害児学級の中で多くの障害児が自分を輝かせ、一人一人が学校の主人公として学び、育った事実をはっきりと示しています。このことは、通常学級の教育条件やカリキュラムが抜本的に改善され、通常学級内における特別な支援や部分的な取り出し指導が整備されたとしても、「特別な場へのニーズを持つ」子どもたちが少なからず存在することを示しています。通常学級との交流なども大切ですが、それは、通常学級での学習と生活を前提とし「必要な時間のみ特別な場で教育や指導を行う形態」に矮小化されるものではありません。
 小・中学校における障害児教育の機能を果たす「特別な場」が特別支援教室のみにされてしまったら、子どもたち一人ひとりが自己肯定感をもち生活を豊かにしていく場も、子どもの発達に必要な仲間集団も保障できないのではないかと危惧されます。障害児学級の多様な実態などをふまえながら、地域の実情にそくして障害児学級、現行通級指導教室の双方を充実させると同時に、通常学級の中での学習・支援など、全校的取り組みを内実あるものにするためにも、通常学校内の特別な支援の全てを充実させる必要があります。一人でも障害児に適切な教育を保障する必要性を認識し、全校に障害児学級や通級指導教室を設置する運動を引き続き強める必要があります。
 また最終報告は、障害種別の部門制をもつ特別支援学校を提言し、地域の障害者支援センターとしての機能の充実をうたっています。この議論は、支援地域という概念をもちいて福祉圏域と養護学校等と結びつきを強める方向で提起されています。学校外生活も含めた地域支援という視点は大切ですが、最終報告では養護学校等の適正規模化及び小規模・分散化はおろか、人的および物的な教育条件整備の計画がまったく提起されていません。今日、養護学校等への在籍者数はほとんどの都道府県で増加しています。マンモス校化した養護学校の適正規模化や遠距離通学、長時間通学の解消が各地で進められてこそ地域に密着した養護学校をつくることができます。地域の実情に即した障害児学校づくりをすすめる必要があります。
 政府・文科省レベルの動きとあわせて、地方自治体における関連動向にも注意する必要があります。最終報告を先取りし、より強烈な障害児教育リストラにつながりかねない動きが、地方自治体レベルで出されてきているからです。
 東京都の障害児学級を「特別支援教室」に転換させる方針、埼玉県の二重学籍の検討、京都市の「地域制・総合制」の名による養護学校の再編など、障害児教育予算縮減と表裏一体となった「改革」が進行しようとしています。こうした動向は、「地方分権」を名目に国レベルの責任を縮小するものです。
 「特別支援教育」構想の中で新しく対象とされる通常学級に在籍する子どもたちと従来からの障害児教育の対象児に対して、いまある「特殊教育資源の再配分」だけで対応しようとすると、さまざまな面でひずみが生じることは明らかです。私たちは、「すべての子ども・青年」に責任を果たす制度改革構想をねりあげていかなければなりません。
 こうした情勢の下にあっても、障害児・家族の願いにねざし、地域の実態をふまえた制度改革運動が進んでいます。九州(研究プロジェクト)では訪問・実態調査をもとに「離島・僻地での障害児教育の在り方」を提言しています。滋賀では「就学システムのあり方」について、広島では「保護者が障害児の就学先を決定する際に考慮する要因について」の調査研究活動が集団的研究として進んでいます。さらに、マンモス化した養護学校を小規模適正配置する運動や、長時間通学を解消する運動なども進められています。
 学童期の障害児に対する施策として、障害児の放課後ケアへの要求運動が各地ですすみ、さらに前進しています。この1、2年、都道府県レベルでの「連絡会」「ネットワーク」の相次ぐ結成と、都道府県レベルを越えたこれらの会の連携が進展しました。各地で行われた実態調査で放課後生活の貧困さが明らかにされ、家庭や学校での生活とはちがう、地域での仲間たちとの生活を豊かに保障する要求運動が各地で展開し、全国組織が結成されようとしています。
 養護学校の義務制が実現して、今年は25年目を迎えます。養護学校の義務制実現に向けた運動から、高等部設置を求める運動、そして放課後ケアのための運動と、障害児の権利保障のための運動は大きく前進してきました。今、各地で専攻科の設置を求める声があがっています。専攻科設置など現行制度の下での教育年限延長のとりくみとも整合させながら、より広くは18歳以降の教育を保障する制度づくりの運動を本格的に展開していくことが求められています。


3.研究運動の課題

 本大会開催地・滋賀は、「発達保障」の発祥の地のひとつであり、全障研の結成につながるたくさんのとりくみがあったところです。人格発達の権利を徹底的に保障せねばならぬという「この子らを世の光に」の考え方にもとづく近江学園などの実践と研究は、「人間理解の質的転換」と結合した「社会体制の側の発達障害」の克服を呼びかけていました。昨年10月、大津市で開催されたESCAP「アジア太平洋障害者の10年最終年」会議は、「インクルーシブで、バリアフリーかつ権利にもとづく社会」をめざすことを決議しました。発達保障の提起から40年を経て、障害者の権利は確実に深化・拡大しています。

(1)制度改革における研究運動の課題
@あらゆる角度から総合的な点検を

 現在のようなきびしい状況だからこそ、障害者の権利保障の実態について総合的に点検する必要があります。その際、たとえば障害の種類による違い、ライフステージ間の格差、地域・自治体の格差など、多角的な視点を準備する必要があります。
 障害別の視点:たとえば支援費制度のもとで身体障害者と知的障害者の間に、利用するさいの不便さや問題点の違いはないのか、障害者基本法の改正が俎上にのぼっているもとで、同法成立時に付帯決議となったてんかん、自閉症、難病をもつ人々をはじめすべての障害者を法の対象としていく課題、さらに遅れが著しい精神障害者の分野の充実などが課題となっています。
 ライフステージの視点:たとえば乳幼児期にあっては義務教育期と比べ「すべての子どもの発達を保障する」という点での不十分さがめだちます。本来、早期に対応すべきこの時期、子育てや障害にともなう特別なケアのほとんどが保護者の肩にかかっているのです。児童憲章や子どもの権利条約、憲法の精神を生かし、乳幼児期の子どもの権利を公的責任によって保障することがとりわけ重要となるでしょう。各ライフステージ間の移行(トランジッション)についても、障害の発見から療育へのつながり、乳幼児期から学齢期への移行、学校から社会への移行期は、行政や担当職種が変わる節目であり、この「節目をどうつなぐか」は大きな課題です。
 地域・自治体間格差:これをなくす課題では、全障研の役割がますます期待されています。支部やサークルの調査によってつかんだ障害者と家族の実態を近隣の支部と交流し、全国大会や各種の研究集会で報告することによって、「となりの町にある制度をわたしの町にも」という運動をすすめていくことができるでしょう。同時に、政府が推進する「市町村合併」や「地方分権」、「権限委譲」の動向を的確に把握しつつ、教育や福祉における公的保障の国基準の切り下げをゆるさない取り組みを、広範な国民運動と共同してすすめていくことが大切になっています。
A発達保障をめざす制度改革の課題
 「構造改革」を旗印にして、あらゆる分野で実際に現行制度の大きな「改正」が急速に進行しています。このような中にあって、私たちは、これまで以上に政策や制度改革に焦点をあてた研究運動を重視する必要があります。しかし、それは単純な法律の書き換えであってはなりません。これまでに繰り返し述べたように、実態を総合的に把握し、それに即して具体的に提起する、そうした政策立案の力を形成することが私たちに求められています。
 入所施設改革と地域生活保障:現在、日本においても、地域生活支援を拡充し入所施設を改革する方向が打ち出されるようになってきました。しかしその中身は、ノーマライゼーションの実現とは異質の入所施設建設の抑制でしかありません。待機者をつくり出してきた責任の所在、現在の入所施設での暮らしを貧しい条件をそのまま放置してきた責任の所在にふれることなく、具体的な移行策も示さないものです。知的障害者の約3分の1が入所施設で暮らしています。障害児施設にいる年齢超過者や入所待機者もいます。待機者問題の解決、現入所施設利用者の生活の抜本的充実を図ることが必要です。同時に、安心して暮らせる居住の場を選択できるようにすることと関係者の合意をはかることを前提に、より豊かな地域生活保障と移行政策などを総合的に推進しなければなりません。これまでの入所施設づくり運動、入所施設での豊かな生活をつくる運動や実践の到達点や課題、待機者や現利用者・家族の願いや実態、課題を検討しながら、入所施設改革の方向性と課題を明らかにする研究が要請されています。
 障害児教育制度の改革と特別ニーズ教育:文部科学省が「ニーズに応じた教育」を標榜しつつすすめようとしている特別支援教育には、すでに述べたような多くの重大な問題があります。しかし、同時に私たちは、障害児教育のこれからを検討するさい、特別ニーズ教育をめぐる国外・国内の動向から学ぶことが必要です。特別ニーズ教育の理念は、特別な教育的ニーズへの施策を多様な場や機会で展開し、その対象を積極的に広げようとするものです。今日、それに関わる施策は各国でさまざまで展開され、また同時にいろいろな課題も抱えています。障害児教育を充実・発展させていく上で、特別ニーズ教育の理念はどのような意義や役割を果たすことができるのか、理論・実践両面での研究が要請されています。
 私たちが求める制度改革は、国や自治体の責任を明らかにし諸条件の整備を整えていく中で実現されるものです。それぞれの自治体の施策として実施されている教育や福祉の大部分は、国の補助金を重要な財源としています。情勢の部分で明らかになったような公的責任の裏づけとしての補助金や国庫負担金を削減していく政府の方針を批判し、国民的な合意にもとづく社会福祉や教育の財政のあり方を検討していく必要があります。

(2)発達保障をめざす実践の創造
 学校でも社会でも、競争主義や能力主義的な潮流が強まっているいまこそ、あらゆる場で発達保障をめざす実践が必要とされています。実践をおおいに語りあい、検討する機会を意図的につくり出しましょう。そのさい、これまで全国大会のそれぞれの領域で確かめられてきたことを、もう一度整理するなど、今日的な課題と結びつけて発展させていく観点が大切です。
 たとえば、障害児・者と家族のねがいや声を正面から受けとめた実践ということが言われます。それは、ただ面接をして情報を聞き取るということではありません。発達や障害に関する研究に学ぶとともに、いまこそ生活に着目することの重要性が指摘されています。経済不況は障害児・者のさまざまな生活に影響を及ぼしています。きょうだいのことで悩みを抱えている家族もあるでしょう。障害児・者のねがいや声を受けとめ、実態を深く把握するには、診断の結果からのみ子どもをとらえるのではなく、多面的で重層的な過程に留意してた取り組みをすすめていく必要があります。
 同時に大切にしたいことは集団の力です。子どもたちの集団とともに実践者の集団も問われています。複数の目で子どもを見ることで理解が深まる、学校や施設の職員集団で討論しつつ実践し、それらを総括することで実践がよりよいものになっていくことはだれもが経験していることでしょう。また障害児学級など一人担任の場合でも、全障研サークルでレポートを発表したり研究会を開いたりして、相互に検討しあいながら実践を積み上げてきました。近年、職場の管理強化や多忙さの中で、こうした取り組みが困難になってきています。しかしだからこそ、いっそう大切にしたい視点です。
 集団による実践の検討という点では、関係者の権利が脅かされていることにも注意を向ける必要があります。学校教育では、「不適格教員」の他の職種への異動、研修権の制限、校長の権限強化などが広がっています。さらに東京都では新しく「主幹」という職を導入し教員を実践層と管理層に分け階層的管理が進められています。これは、学校運営に効率優先と上意下達の官僚制を持ち込もうとするものです。こうした学校運営のあり方の行き着く先は、これまでの民主的学校運営の破壊と教育の荒廃です。福祉施設においても、「自主的な財源確保の努力」(社会福祉法)のもとに専任職員の配置規定が常勤換算でよいことになったり、産休代替や育休代替職員の補助がなくなるなど、実践の質を向上させるにはあまりにもきびしい状況が出てきています。真に障害者と家族のねがいにこたえる発達保障の実践をすすめるためには民主的な職場づくり・職場運営を進めていかなければなりません。

(3)理論面での検討
 発達保障の実践・運動を進めるためには、理論面でも明らかにすべきいくつかの課題があります。
@発達保障論の今日的意義
 「未来を拓く発達保障」を特集した『みんなのねがい』6月号の中で、二宮厚美さん(神戸大学)は、「現代日本では、能力主義競争の激化に伴う人間の格付けを防ぐこと、また福祉を人間の発達を担う場に回復すること、これらの課題を担って発達保障の思想にあらためて光をあてなければならない」と述べています。今日、市場原理・競争原理という“強者の論理”にもとづく教育改革や福祉改革が進行するなかにあって、私たちは、発達保障の実践や運動がそのときどきに提起してきたことがらを再度吟味したり、検証するとりくみをすすめることによって、そこから未来に向けた展望を導き出すことができるのではないでしょうか。
 『みんなのねがい』6月号の特集「未来を拓く発達保障」、今年度の連載「みんなで創る発達保障」(茂木俊彦氏)、大会時に発行される『障害者問題研究』の特集「発達保障の潮流と21世紀の課題」などを積極的に活用し、学習・研究運動をすすめていきましょう。
A障害と障害者の定義と施策
 障害と障害者をどう理解するかは障害者の権利保障と密接不可分の関係あります。世界的には、いつどんな理由で障害を負ったのかという原因を問わない、どんな障害の程度かということではなく生活上の困難さに着目するという、「障害者の権利宣言」(1975年)の考え方を具体化する方向で法整備が進んでいます。日本では、残念ながら、個別の障害ごとに細かく程度分けされた状態に合致しなければ障害者福祉の対象とされず、障害者基本法は「長期にわたり、(生活に)相当な制限を受ける」という範囲を狭める障害者の定義となっています。そのうえ、最近は、障害者基本計画の「障害の有無にかかわらず、国民誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合う共生社会」という表現にみられるように、障害に由来するさまざまな困難を軽減するための施策の公的責任を曖昧にする傾向が顕著に現れています。すなわち日本の政府は、障害の定義を限定し、限られた障害者への施策さえ可能な限り縮小しようとしているのです。
 約20年ぶりに改訂・公刊されたWHOの「国際生活機能分類」(ICF)が各分野で注目されています。1980年に「国際障害分類」を公表したさい、WHOはその意義のひとつに「医療サービスやリハビリテーション活動、社会福祉などがそれぞれどのような貢献をしうるかを明確にすることができる」ことをあげました。今回の改訂ではさらに、社会的・環境的な要因と医学的・生物学的な要因の相互作用によって障害が生じるという考え方をいっそう強く打ち出しています。障害者の範囲の限定と公的責任の縮小というわが国政府の基本姿勢の変更を迫る取り組みにおいて、ICFをはじめとする国際的な動向の研究や理論研究がますます重要になっています。
B障害者問題をめぐる用語の検討
 近年、諸施策全般で、サービス、ニーズ、支援計画、介護、アセスメント等々の用語が頻繁に使われています。
「生きる力」のように私たちが運動や実践のなかで使ってきたものや、それに似たことばも使われています。これらの用語について、たとえば誰にでもわかる、共通の内容をもったことばとなるようにすると同時に、より客観化、科学化していくことが求められています。とくに私たちが、ねがいや要求、発達の課題、実践、方針づくり等々のことばの中に込めてきた発達保障への思いや本質を歪め変質させることのないようにすることが大切でしょう。

(4)「地域」「つながり」「集団」を大切にした研究運動を

 全障研の研究運動の課題はここに述べたことがらに限定されるものではありません。要求のあるところに、その実現のすじ道を明らかにする研究運動はかならず求められます。「障害者と家族の権利を守り、発達を保障する研究運動をすすめる」ために、職場や地域でのサークル活動を主な活動基盤とする全障研の真価を発揮しましょう。さまざまな人たちがお互いに顔と顔を合わせることのできる「つどい」、なんでも語り合い交流できる、集団的なとりくみをすすめていきましょう。現在、全障研でも全国事務局だけでなく15の支部やサークルでホームページを開設し、情報を発信し交流しています。こうした成果を活かしながら、「地域」「つながり」「集団」を大切にした研究運動を進めましょう。
 全障研の研究運動を担う次世代の育成、あるいは障害者本人や家族にも研究運動の主人公として活躍されることが期待されます。7回目となる学生発達保障セミナーには、多くの学生・院生が集い、これまで実行委員を経験した若者たちが各地で活躍しています。15回を迎えた青年期教育全国研究集会では、「本人参加の分科会」が本人中心に運営され、全体会でも、「本人アピール」が位置づけられるなど、研究運動の主人公として活躍し、新たな研究運動の可能性が開かれています。
 以上のような研究運動をすすめる上で、全障研では、毎年「研究プロジェクト」を募集しています。この研究プロジェクトも各サークル・支部で集団的な研究運動の場として積極的に利用し、調査・研究活動にとりくみましょう。

 どうぞ、この機会に、この発達保障発祥の地で、さらに多くの方が全障研の会員や「みんなのねがい」読者となってください。「平和・人権・発達保障の歴史をつくる主人公」(本大会テーマ)として、ともに歩みましょう。


ver 2003.7.17

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