国際連合マーク私たちの手で障害者権利条約を実現しよう      

           中村尚子(立正大学・全障研副委員長)



〔権利保障の国際化の過程〕


 八月二三日〜九月三日、ニューヨークの国連本部で、障害者権利条約第四回特別委員会が開かれました。私は、JDF準備会派遣団を構成する日本障害者協議会(JD)の一員として、後半の一週間を傍聴することができました。これまでこの条約に関する情報を文字で読んだり話で聞いて、自分の理解できる範囲でその重要性を認識していたつもりでしたが、今回、「条約をつくる」というプロセスにじかにふれて、もっともっと日本中の障害者、家族とともに「権利条約を語る運動」を展開しなければ、という思いをもちました。
 そんな運動の材料になればと、今月から4回にわたって障害者権利条約について連載します。連載では、特別委員会の内容を紹介しながら、国際条約は私たちのくらしとどう関わるのか、障害者の権利保障の発展の中での条約の役割などを、みなさんと一緒に考えたいと思っています。


◆草案審議の本格化
 障害者権利条約は現在、前文と二五条構成の「草案」というの形をとった文章で検討の俎上にあがっています。中身に入る前に、ここにいたるまでを簡単に振り返ってみましょう。もちろん歴史をさかのぼれば、障害者権利宣言や国際障害者年から記述することになりますが、ひとまず今回の条約に直結する事柄としては、次のようなことがあげられます。
2001年 第56回国連総会 メキシコ大統領、権利 条約を提起、特別委員会設置が決議される
2002年7月 第1回特別委員会 各国間の共通 認識をはかる
2003年6月 第2回特別委員会 作業部会の開 催と議題、構成員などを決定
2004年1月 作業部会 条約草案を作成
5月 第3回特別委員会 草案の第1回目の検討
8月 第4回特別委員会 第3回委員会 積み残し議題と、修正提案にもとづく草案の検討
 第1回の委員会で既存の人権条約との関係や障害者権利条約の必要性を確認し、第2回で条約化に向けた具体的な準備に入ることを決定。作業部会を前にした03年12月までに、各国政府・地域はもちろん、NGOからも草案や提案がたくさん寄せられました。04年、条約はいよいよその中身を討論する段階に入りました。作業部会も含めると年3回というハイペースになり、「05年には権利条約実現か」という声も上がっていました。


◆意見を出しつくすことの大切さ
 たしかに第3回と第4回の前半までは、草案を順番に通読して各国が修正を希望する部分を指摘したり具体的な修正案を発言するという作業段階であったために、比較的速く進行しました。しかし、けっして言いっぱなしということではなく、すべての国に発言を保障し、どんなに小さな修正案も取り上げるという民主主義的な討論に徹していることは特筆されるべきことです。
 第4回後半からは、だれもがスピードという点では落ちてきたという感想をもちました。それは、条項草案の詳細な修正を求めたり、修正案に対する意見を出しあうという条約づくりの本格段階に入ったために生じたことなのです。論点を絞った小会議方式で運営するという5日間で、第4条「一般的義務」、第5条「障害のある人々に対する肯定的態度の促進」第6条「統計とデータ収集」、第7条「平等および非差別」の四つの条項が審議され、条約の基本概念がたくさん入っている第7条は1日半をかけて話し合われたほどです。


◆政府間交渉と障害者の権利
 その論議を傍聴して実感したことは、ここにきて、権利宣言や国際障害者年以降の取り組みで蓄積され国際的に確認されてきた障害者の権利保障の水準を国際条約に反映させるという側面だけでなく、それを実現する立場に立ったときの各国の事情という側面がこれまで以上に表面化してくる審議の段階に入ったということです。
 障害を理由に国際人権規約に示されている権利から排除されてはならないという理念に異議はなくても、自国内でその実質的な保障をするには、資源、財源があまりに不足している。あるいは、批准した場合に自国の法律の変更や場合によっては習慣的な慣行の廃止を迫られる。こうした国の代表は、条約の中に何とか留保的な文言を残そうと修正案を提案することになります。


◆NGOの役割
 国際条約は、採択された段階でも批准国が一定数にならないと発効しないし、条項の一部を留保して批准する国が多くなった場合、実質的な効力を発揮しません。したがってまさに政府間交渉という側面が必要となるのですが、こうした段階に入ったからこそ、いっそうNGOが発言することが重要になります。裏側からみると、作業部会での草案づくりにNGOの果たした役割がたいへん大きかったにもかかわらず、NGOの参加が毎回の論議となる背景には参加国の中に「ここからは政府の問題」という意見があるということです。実際、第四回後半からは、NGOに発言の機会は保障されずかろうじて傍聴が許されたのみでした。
 特別委員会のカレゴス議長や実質的な会議の進行役となったマッケイ氏は、今回審議した条項もこれが最終案ではないという趣旨の発言を繰り返し行い、合意した部分となお審議を必要とする部分を明確にしながら討論をすすめています。その前提には、障害者の権利を実質的に保障するために効力をもつ国際条約をつくる方向性へのゆるがぬ確信があると感じられました。私たちも、日本と世界の両方に目を向けて、条約の議論に参加していきたいものです。


〔「社会権の漸進的実現」とは〕

 今回、日本政府の代表として特別委員会に出席した外務省国際社会協力部は、9月5日付で、第4回特別委員会の概要を公表しました。「概要」には、これまでの「主要論点」として、@市民的・政治的権利と経済的・社会的・文化的権利の整理、A障害者の家族の扱い、B統計とデータ、C差別・合理的配慮・積極的是正措置の四点が簡潔に整理されています。外務省が「論点」としてあげる問題は、今後の条約審議の中でも継続して討論されると思います。そこで「論点」について私たちもその俎上に載って討論に参加するため、基本に立ち返ってみることにします。まず@について。

◆二つの分野の人権
 市民的・政治的権利は一般に自由権と、経済的・社会的・文化的権利は一般に社会権とよばれ、人権を構成する二つの大黒柱といえるものです。人類がより人間らしく生きるために、国家との関係において歴史的に確認されてきた人権が、第二次世界大戦後、国連を中心に人権保障のしくみが形成される過程で、二つの枠組みに整理されてきました。日本国憲法をはじめとする各国の憲法や世界の地域ごとの人権憲章も、整合性をもった二分野の人権で構成されています。障害者権利条約でもそうした人権の基本的な理解が論点になっています。
 自由権は「天賦人権」という言葉を思い浮かべればわかるように、生来、人間に与えられた、人として譲りわたすことのできない権利です。「人間がただ人間であることに基づいて当然身につけているもの」(『人権宣言集』岩波文庫)であり、人身の自由や言論の自由、宗教の自由などが18世紀のアメリカやフランスで明文化されました。
 これに対して、社会発展を背景として、人間がよりよく生きるため、また生活を守るためには、国家にその保障を求めることが必要であるとの認識のもとに確立してきたのが社会権です。20世紀に入って第一次世界大戦後、ソビエトやドイツ(ワーマール憲法)で明文化されます。生存権や労働権、教育権が代表的なものです。


◆国際的に力を合わせて人権保障を
 二度にわたる戦争の惨禍への反省から出発した国連は、発足にあたって国連憲章の前文で「基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し」、世界人権宣言の作業に着手します。当然のことながら作業では、人類が到達した人権の内容を盛り込まれるよう論議され、ここに「二つの人権」分野が定式化(第21条までが自由権、それ以降が社会権)されました(1948年国連総会採択)。それまでそれぞれの国や地域で規定されていた人権とその保障について、国際的な連帯にもとづいて世界的規模でレベルアップしようという意志の一致が図られ、取り組みの一歩がはじまったといえましょう。
 つぎの段階は、「世界人権宣言」にうたわれた権利を国と国の約束としていく作業です。堀尾輝久氏は、世界人権宣言から国際人権規約がつくられていく動きの始まる時期を「『地球時代』の出発点」といい、「人権をまさに地球規模で保障しようとする『世界人権宣言』の精神は、たんなる<宣言>にとどまらず、各国の政府を縛るという意味で条約へと発展していく」(『平和・人権・環境 教育国際資料集』)とその意義を述べています。


◆社会権の漸進的実現
 しかし大戦後間もない1950年代にあって、人権宣言の内容を国連加盟国が遵守すること、しかもそれを国家間相互の約束事としていくことは困難をきわめました。特に社会権の実現は、それぞれの国の事情に強く規定されることから、その保障を一律に求めるべきでないとの意見もありました。
 自由権的権利と社会権的権利の区分や表現の仕方、加盟国にたいする法的拘束などの論議がすすみ、1966年、経済的・社会的及び文化的権利に関する規約(社会権規約)、市民的及び政治的権利(自由権規約)として実を結びます(二つを合わせて普通「国際人権規約」という)。両者とも批准国が一定数に達して発効するまでに10年の歳月を要しました。
 社会権規約の第2条は、以下のように記されました。
「締約国は、立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するために、自国における利用可能な手段を最大限用いることにより、個々に又は国際的な援助及び協力、特に、経済上及び技術上の援助及び協力を通じて、行動することを約束する。」
 両条約がなった後も、地球上の南北問題、東西問題(冷戦)などと深く関わって、どちらを優先的に適用するか、あるいは「漸進的実現」についての議論がつづくことになります。障害者権利条約の討論の中でしばしば発言され、また「主要論点」として指摘されている「経済的・社会的・文化的権利の漸進的実現」とは、このように戦後の国際社会における人権保障の出発点に関わることがらでした。
 しかし、「人権の世紀」といわれる21世紀に入った今日、女性差別撤廃条約や子どもの権利条約のように、真の平等実現、個別の権利の保障が注目されるようになり、二つの人権の統合的理解がすすんでいます。こうした今日にいたる人権保障の発展過程を背景にして、障害者権利条約草案の内容をみるとき、社会権と自由権の二分論では解決できない新しい権利が描き出されようとしていることがわかります。たとえば、自由権規約第12条の「移動の自由」と障害のある人の「移動の自由」(草案20条 人のモビリティ)には明らかに違いがあり、後者はハード面での整備を社会に要求する権利を含み、しかもそれが「人として侵されてはならない自由」にもとづく権利としてすみやかに実施されることを誰もが望んでいます。こうした点で、障害者権利条約実現への道のりは、人類全体の人権思想の発展の中に位置づくものだといえましょう



〔「差別・合理的配慮・積極的是正措置」〕

◆差別の禁止
 条約草案第7条は「平等と非差別」というタイトルになっていて、法の下での平等と差別に禁止を目的とし、差別、とりわけ障害のあることに対する差別の定義、差別の是正措置などについて規定することになっています。
 差別の禁止という点での国際人権条約をふりかえると、まず世界人権宣言が第2条で「いかなる事由による差別」もあってはならないことをうたってい、そこに列記された「人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的もしくは社会的出身、財産、門地その他の地位」は社会権規約・自由権規約に引き継がれます。
 人種や皮膚の色、性の違いによる不平等・差別は人権宣言に書かれているにもかかわらず、現実にはおこっている、これを是正すべきであるとして取り組まれたのが人種差別撤廃であり、女性差別撤廃です。ともに世界的な運動の後押しによって差別撤廃条約へと結実します。
 しかし、「障害」を理由とする差別をなくすという課題は、70年代には世界的な世論となり得ていませんでした。ここで注目したいのは、子どもの権利条約です。子どもの権利条約の第2条の「差別の禁止」には先の文言に初めて「障害」(disability)が加えられました。これは、1989年の国連総会採択の直前、88年の作業部会案で挿入されたものです。この時期からみても、子どもの権利条約の論議に障害分野の国際的な動向が大きな影響を与えていたと思われます。そしてさらに今、障害者権利条約において、子どもの権利条約の「差別禁止」条項を到達点としてとらえた論議がすすんでいるのです。


◆差別の定義
 条約草案は女性差別撤廃条約の到達点を参考にして、「あらゆる区別、排除又は制限」によって障害のある人が権利を行使することを妨げられる事態を差別と定義しています。しかし、性による差別と異なり、障害による差別はまずはその区別の基準を定めること自体にまだ一致した認識が得られていません。この点では、条約草案第3条(定義)と並行して差別の論議をすすめる必要がありますが、ここに障害を理由とする差別撤廃の論議の複雑さがあります。
 私たちが差別の定義を検討する上で、女性差別撤廃条約の経験を知ることが重要ではないかと私は思っています。それは審議過程やその後の展開に、差別の撤廃と真の平等の実現の関係、平等実現のためにとるべき特別な措置といった、障害者の権利保障ともかかわる問題が論議されているからです。
 たとえば、女性差別撤廃条約の作業部会の論議において、差別になりうる例として、当初、「区別、排除、制限」に並べて「優先」が含まれていました。つまり「女性に特権、恩恵および保護を与えることは、女性に対する差別である。女性は男性と平等の権利や機会を要求するべきだが、特別の扱いを要求すべきではない」という主張がなされていたのです。これに対してそれまでの女性の権利を守るたたかいの結果である保護規定を放棄すべきでないという意見との調整がつづき、「優先」は挿入されませんでした(国際女性の地位協会編『女子差別撤廃条約注解』より)。ここに示された母性の保護等に関する特別措置は差別とみなされないという考え方は、障害分野での「合理的配慮は差別でない」という論議に継承されているとみることができるでしょう。


◆合理的配慮
 この「特別措置」という考え方は、女性差別撤廃条約第4条「差別とならない特別措置」に次のようにうたわれています。
 「締約国が男女の事実上の平等を促進することを目的とする暫定的な特別措置をとることは、この条約に定義する差別と解してはならない」(第一項)「締約国が母性を保護することを目的とする特別措置をとることは、差別と解してはならない」(第二項)
 不平等にメスを入れ平等を促進するための特別措置と母性保護のための特別措置を分けたこと、前者を一時的なものに限定している点などに特徴があります。
 障害者権利条約草案ではいま、こうした特別措置にも言及した上でさらに「合理的配慮」という新しい考え方を盛り込もうと話し合われています。特別措置と合理的配慮はともに差別を是正し平等を実現するための具体的措置ですが、その違いについてはもっと議論をする必要があります。第4回特別委員会の会期中にJDF準備会が主催した「合理的配慮」をテーマとするサイドイベントでは、両者の違いはどこになるのかといった質問もありました。合理的配慮を条約のキー概念にすることに積極的発言をしてるジェラルド・クィン氏(RI)は、より個別的なニーズに対応するための考え方だとしています。つまり、性差別では女性一般への措置として立法措置等をとるが、障害分野ではもっと個人に特有な配慮を求めるという特質があることを強調しているといえましょう。合理的配慮への理解を深めることを通してこそ、これに伴う「不釣り合いな負担」を問題視する議論としっかりと四つに組んだ論議ができるのではないかと思います。



〔「合理的配慮」をめぐって〕

 「合理的配慮」は条約草案のキー概念の一つとして、今たいへん注目されています。「平等と非差別」をあつかった条約草案第七条は、あらゆる差別の禁止を述べた上で、正当な目的と合理的手段である場合は差別が許容されるとし(第三項)、そのあとに合理的配慮についての記述(第四項)が続きます。そのほか、第一七条「教育」、第二二条「労働」で、それぞれに「合理的配慮を確保すること」が盛り込まれています。
 第七条四項「締約国は、平等についての障害のある人の権利を確保するために……必要かつ適当な変更及び調整と定義される合理的配慮を提供するためのすべての適当な措置(立法措置を含む)をとることを約束する。ただし、このような措置が不釣り合いな負担を課す場合には、この限りでない。」(川島聡・長瀬修訳)

◆アメリカやイギリスの例
 しかし、国際条約で初めて論議される概念だと言っても、突然出てきたのではなく、各国の差別禁止法では活用されてきたので、すでに実際の社会で試されつつある概念だということもたしかなことです。
 たとえば障害をもつアメリカ人法(ADA)は「雇用」に関する条項で、仕事にふさわしい能力がある人(有資格者)を採用した場合、職場環境や作業方法などを調整しなければならないことをうたっています。イギリスの障害者差別禁止法にあたるDDAも、雇用に関わる項目のところで同様の趣旨である「合理的調整」を事業主に義務づけています(『障害者問題研究』第三一巻四号など参照)。さらに、「雇用及び職業における均等待遇の一般的枠組みを設定するEU指令第78号」という文書の中で「障害者のための合理的配慮」が規定されていることが昨年末から行っている外務省とJDFの権利条約学習会で紹介されました。
 これらの例からすると、「合理的配慮」は主として雇用の場面で適用されています。差別の禁止を規定しただけでは平等は実現しないので差別を是正するための特別措置をとる(たとえば優先的な雇用枠の設定)ことと並行して、当該障害者に合わせて働く環境の改善をする。これが雇用面での「合理的配慮」であると考えられていることがわかります。

◆合理的な調整と不釣り合いな負担
 ところで、「配慮」という日本語には、「心配り」とか「心遣い」という意味合いがあるので、「合理的配慮」ときくと、障害者への配慮なのだから何か優しいことがらだろうと想像します。しかし、原文のアコモデーション accommodation という言葉を辞書で引くと、最初に「便宜」とか「設備」という意味が示されますので、意外と実務的なやりとりなのだと言うことに落ち着きます。その点では、イギリスで使われる合理的調整(リーズナブル・アジャストメント)という言葉のほうがわかりやすいように思います。
 米、英いずれでも、こうした障害者を雇用するための具体的な改善が雇用主などに過度な負担を強いるものであってはならないという考え方をとっており、これが先に記した条約草案第七条の四項にも引き継がれています。
 女性の雇用の平等を実現する際には、物理的環境を変更したり補助的な機器を購入する必要はほとんどありません。ほとんどないはずの女性の分野で、あれこれの条件を付けることによって雇用の平等実現を遅滞させているという現実をみるとき、雇用側にとっては高いハードルがある障害者の分野での難しさを考えざるを得ません。障害者を雇入れるにあたってかかる費用が間尺に合わないのであれば、「合理的配慮を提供する義務」は免除されるという一文を担保として挿入したいという力は常に働いているのです。この点では、「合理的」という言葉の中には、障害者にとって「リーズナブル」というだけではなく、雇用主等にとっての合理的判断という面がすでに含まれており、合理的配慮とは両者の間の「合理性」をめぐって調整されるものであるように思います。
 第四回特別委員会でのこの部分の最終的な文言を以下に記します。
 「『合理的配慮』は、障害のある人に対し、…特定の事例で必要とされる場合における、不釣り合いな負担を課さない必要かつ適当な変更及び調整と定義されるものとする」(川島聡訳)


おわりに
 草案は、今後、コミュニケーションやアクセスなど、障害者の固有のニーズを保障するための権利の審議に入っていきます。
 最初に述べたように、権利条約ができあがるまでには時間がかかるか模様です。障害者の権利保障の歴史的なできごとが、いまこのときに進行しているということを実感しながら、条約審議の推移を見守りたいと思います。同時に、日本の課題と結びつけて、より豊かな内容の条約にするための作業にしっかりと取り組みたいものです。
 たった一回の、それも一週間限りの特別委員会の傍聴でしたが、たくさんのことを学び宿題もいただきました。いま、日本のなかで矢継ぎ早に出される「改革」なるものが、いかに国際的潮流に逆行しているかも見えてきたように思います。
 また今回中心的に書いたように、国際的な人権保障へと視野を広げることで、障害のある人の権利の独自性の確立とともに、幅広い人々との連帯こそが権利保障の前進の要だと感じています。JDFの権利条約の活動にも積極的に関わりながら、学習と要求運動を進めていきましょう。
 (本稿は「障全協新聞」2004年10月号〜2005年1月号にに掲載されたものです)


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