障害者問題研究  第29巻第4号(通巻108号)
2002年2月25日発行  ISBN4-88134-064-6 C3036  絶版


特集 ITと障害者

特集にあたって加藤直樹(立命館大学)

「IT革命」にどう向きあうべきか/ 長田好弘
  高度情報技術を社会成員すべての自由および幸福の追求手段にと願って、情報技術の発展の概要、今推進されている「IT革命」の現状批判、望ましいネットワーク化社会の形成に向けての主催者としての参加の展望について述べた。

座談会 ITと障害者 ―教育から見た現状・展望・課題
      出席 海野輝雄(茨城・水戸飯富養護学校)
          櫻井宏明(埼玉・川島ひばりが丘養護学校)
          佐々木夏実(筑波大学附属盲学校)
      司会 加藤直樹(立命館大学)

障害者の人権と「情報バリアフリー」
/清原慶子(東京工科大学メディア学部)
 2001年1月から施行されているIT基本法第8条には「利用の機会等の格差の是正」、すなわち「年齢、身体的な条件その他の要因に基づく情報通信技術の利用の機会又は活用のための能力における格差」の是正が明記されている。
 現在、携帯電話、インターネットの普及率は高くなっているが、急速な高齢化に伴う中途障害者を含む障害者による情報通信メディアの利用度はけっして高くない。障害者にとって、社会活動の選択肢をもち、他者と一緒に社会に参加できるような社会の構築は社会参加機会の保障のために不可欠である。それは情報環境のバリアをなくす「情報バリアフリー」の理念へと帰結する。障害者の視点に依拠しつつ、すべての人が、社会生活を営む上で必要な基本的な情報を利用できる権利、情報アクセシビリティを保障するということは、情報社会の重要な「基本的人権の保障」として不可欠である。


福祉情報論からみたIT/生田正幸(立命館大学産業社会学部)
 福祉分野におけるIT化・情報化が本格化しつつあり、今後、どのように取り組んでいくべきか、その方向性が問われている。しかし、私たちはまだ福祉とIT・情報をめぐる基礎的な認識を十分に共有できていない。福祉分野におけるITや情報をどのようにとらえればよいのか、障害者福祉の領域で問題となる「情報弱者」とはいかなる存在であるのか、そしてIT化・情報化によって福祉がどのように変わるのか。本稿では、福祉分野における情報の特質とIT活用について整理を試み、情報をめぐるバリアと「情報弱者」の位置づけについても検討を行った。その結果明らかになったのは、福祉の重要な資源としての情報、ネガティブな形で特質が発現しやすい福祉情報、それにともなった生じるバリア、情報の活用とバリアへの対策に大きな役割を果たすITという構図であった。

政策動向
ITと障害者問題に関する政策動向/薗部英夫(全国障害者問題研究会)
 1990年代に飛躍的に発展したITについて、わが国の施策動向と予算、障害者団体による政策提言等の動向を概観した。ITは障害者にとってすばらしい可能性をもったものであるが、予算化され、制度化されて一人一人の生活に生かされるという障害者の権利保障の視点が重要である。この点からして、ITにアクセスするための講習体制、日常生活用具への組み入れなどの緊急課題をはじめ解決されなければならない課題があることを指摘した。

報告
 肢体障害者の私のインターネットの楽しみ/鈴木正男(全障研新潟支部)
 視覚障害者にとってのIT/内田智也(筑波大学附属盲学校)
 聴覚障害者の放送バリアフリーの課題/高岡正(全日本難聴者・中途失聴者団体連合会)

支援・実践

ITを利用した障害者の在宅就労を支援の場から考える/堀込真理子(東京コロニー職能開発室)
 パソコンやインターネットの普及によって在宅雇用やSOHOなど障害者の在宅就労がひろがっている。就労のサポートを担う中心となってきたのは民間の支援団体であり、近年、これに後押しされて行政や企業でも少しずつ取り組まれている。在宅就労は通勤や就職が制限される障害者が誇りをもって働き少しでも所得を得るために期待が高いが、パソコンや周辺機器の整備、二次障害を起こさないための健康面でのサポート、企業との橋渡しや仕事のコーディネイト、技術習得のための教育などの具体的支援が必要である。これを実際に担っているのはパソコンボランティアや民間支援団体などであり、支援のノウハウを確立するとともにこうした機能をもつ団体・機関を地域につくり、これを公的に位置づけて安定したシステムをつくることが求められると考える。

IT活用のための支援技術/伊藤英一(神奈川県総合リハビリテーションセンター)
 重度身体障害者のコミュニケーションには、身体機能に適した手段や方法、道具、機器などによる支援技術が必要となる。ITの進歩と普及により、それまで困難であった視覚障害者と聴覚障害者の直接的なコミュニケーションも電子メールなどを利用することにより可能となった。障害者が支援技術によってITを活用するためには、利用者に適した機器を研究開発するシステムと、それらを適切に利用者に供給するためのシステムが不可欠である。支援技術の研究開発助成制度により、多くの機器が開発されてきた。しかし、それらは本当に利用者に望まれたものなのか、また必要とする利用者に供給されているのか、などは明確になっていない。日本には、北欧諸国のような支援技術を適切に開発し、供給するシステムがないため、供給を前提としない開発や、利用者不在の研究が少なからず存在する。支援技術を供給するためのシステムだけではなく、利用者の「真のニーズ」を適切に研究開発へ反映できる循環型システムが必要であると考える。

肢体障害児教育におけるIT利用の実践的検討/櫻井宏明(埼玉・川島ひばりが丘養護学校)
 今日、障害児教育においてパソコンや情報ネットワークを中心としたIT(情報技術)はさまざまな場面で利用されている。事例を通して肢体障害児教育におけるIT(情報技術)利用の教育実践を紹介し、検討を行った。情報技術の発展と普及に伴って、活用法と対象が広がり、教師に求められる知識や技能が変化してきた。中間ユーザーである教師やエンドユーザである子どもへの支援体制の整備やIT利用の教育実践のいっそうの教育的・発達的検討が課題である。

連載 教育実践にかかわる理論的問題 個と集団 4 越野和之(奈良教育大学)
書評 片桐和雄・小池俊英・北島善夫『重症心身障害児の認知発達とその援助』

■紹 介   花田 春兆 (日本障害者協議会副代表、俳人)

 ITと障害者をテーマにした出版物も多いだろうが、これほどすべてを網羅したものは珍しいに違いない。
 対象とした障害も、視力・聴覚・肢体・知的と漏れなく及んでいるし、分野も、政治的施策・社会的意義・教育・就労・実生活と抜かり無く目を配っている。
 おまけに豪華な執筆陣。知っている名前が多くて親しさもあるけれど、よくもこれだけ適材を揃えたものと、編集者として羨ましくもなる。
 こうした贅沢とも思えるほどの何段構えの布陣をしているのも、急速に確実に進行し浸透しているIT社会に、情報弱者として取り残される障害者を、一人でも少なくしようという願いからなのだ。
 昨年?の『障害者白書』もIT特集を銘打っていたが、配慮は感じられてもやはり大局的な施策の書からは、一人一人の顔は見えて来ない。
 逆に個々のケースに即した報告書の類からは、それらを包みこむ大きな流れが見えて来ない。
 その双方に対処しようとするのだから、贅沢と思えた豊富な布陣も、読む方にとっては最小限のものかも知れない。 ともあれ、自分が該当し当面している障害種別・分野から、目を通してゆけば良い。 そのついでに、隣の、またその隣のページをのぞき見すればなお良い。
 案外、今まで見えなかったものが見えてきたり、悩んでいたことを解くカギが隠れているかも知れない。
 視力障害対応の音声入力は上肢障害にも有効に違いないし、(その音声入力がCPなどの言語障害にどの程度対応可能なのか、などと相互乗り入れというか領域を超えて私の目は動きたがる) 実生活では至難なことが、教育の場ではすでに試みられているかも知れないのだ。
 本書はそうした他の領域を知るのに格好なものなのだが、やはり気になるのは直面している部分。私にとっては、肢体不自由でインターネット使用という一項。その項の筆者(障害当事者)も体験しているように、常に身近にサポートする人に恵まれるかどうかの問題に突き当たるのだ。
  (「みんなのねがい」2002年5月号)

伊藤・梅垣・薗部編『障害者と家族のためのインターネット入門』


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