デンマークの確信<5>
自治と学校



創刊2周年の「考える人」という雑誌(新潮社)が夏号で「フィンランドの森、デンマークの暮らし」を特集している。
写真が滋賀の里山を撮っている今森光彦さんなので、写真集として手元に置いておこうと、買っておいたのだが、読みはじめると、なんのなんの予想以上で、デンマークの市民の実態をしっかりとルポしていて、データも豊富で、掘り出し物でした。

在住20年の日本人とデンマーク人の夫人、18歳になる息子の話。
息子のエミールくんは4歳の時1年間日本で暮らしたそうだ。

夫人曰く
「日本の幼稚園のやり方には違和感を覚えました。一緒でなければならないという強迫観念を幼稚園の頃に植え付けているような感じがします。ともかく思い切り遊ぶことが、あらゆることを学ぶ最高の手段なのに」。
たしかに、日本は幼稚園にかぎらず、いたるところで「一緒でなければならない」という強迫観念が多いのかも知れない。

息子が
「お父さん、僕が学校で習う一番大事なことって何?」
と聞いたとき、
父曰く
「数学も英語も大事だが、一番大切なことじゃない。クラス中のみんなと仲の良い友だちになるように毎日を過ごしてみなさい。それは将来、お前にとってすばらしい能力になるはずだ。友だちはお前の人生でゴールドにも匹敵するものになるだろう」

集団のなかの個の確立と、個として独立しながら連帯するというものの考え方は、この一家だけでなく、デンマークのごく普通の家庭の基本的な考え方なのだと感じる。

どこぞの国のなったばかりの文部科学大臣は、教育基本法は50年間ちっとも変わっていない。だから変える。基本は愛国心だ!と平気で言う(^^;)

デンマークの「愛国心」については、少し考えたことがある。
 http://www.nginet.or.jp/~kinbe/SAS/sedk2001/sedk20016.html
が、少なくとも、「指導」という名の下に「強制」されるものではないし、
生徒がそれに従わないからという理由で教師が罰せられるって、
「戦前」でなくて、なんだろうか。

デンマークでは、いたるところでデンマークの国旗(ダンネブロー)を見る。誕生日や結婚記念日でも、食卓の上に旗が飾られるそうだ。街のスーパーにも「HAPPY PARTY」として、食卓用国旗セット、国旗爪楊枝、国旗クリップ、国旗シールが積んであった。
なぜ国旗がすきなの? と聞くのも野暮な感じで、わたしの机の上にもデンマークの国旗セットがおいてあります。

 ○●○

コペンハーゲンの北西25キロにあるアレロズ・コムーン(人口24000人)にある基礎学校(日本の1年〜9年生)を視察した。アレロズは全国275のコムーネで上位10位に入るほどの財政優良の町だそうだ。
 学校への道

校長のライフ・ハウベア・イエンセンには1度面識がある。
3年前、熊のように大きなからだで、タバコをバコバコ吸いながら「日本を訪問したいのだが」という話を聞いたことがあり、その後、日本の大学院生が北欧に一人旅した際に、お世話になった。

だが、残念ながら今回は校長は公務のため不在。
その代わり、障害児教育担当の女性のルット副校長と男性のロルフ副校長、教育サービスセンター(図書館)のヘルゲンさんがじつに丁寧に応対してくれた(この学校は、学習障害児へのとりくみと、メディア教育に力を入れている感じだ)。
持つべきものは知り合いである(^_-)

学校の雰囲気はパソコンにむかう子どもたちや芝生のグランドで遊ぶ子どもたちの姿から感じて欲しい(インターネット上では子どもの顔写真は掲載できません)。
 芝生のグランドはサッカークラブの提供 メディア教育には力が入る

「登校拒否や不登校の子はいないですよね?」
と元和歌山支部長の上杉文代さんが質問すると、
ルット副校長は、
「いません」つづいて、「たしかにイジメはあるが、陰湿ではない」
と応えていました。

障害児の教育は、健常児といっしょのクラスで授業を受ける形から、同じ障害をもつ子どもたちがいっしょのクラスに学び、健常児とは校庭や、学校行事の際にふれあうようなものに変化したと聞いていたが、今回の学校も、そうした普通の学校の校舎内に、障害児学級が(むしろ制度的には小規模な養護学校)あり、そこで障害児は教育を受けているという「場の統合」がされていた。

10年前にはじめてデンマークの「場の統合」の現場を見たとき、大いに励まされたが、
 http://www.nginet.or.jp/~kinbe/SAS/hokuou3.htm
今回は、確信をいっそう深めた。

以下、ルット副校長のレクチャーのメモ
<概要>
・国民学校は1年から9年生が学ぶ義務教育の場。
・全校で生徒は500人。うち移民の生徒(=2か国語をかたる生徒)は、一クラス2、3人(トルコ、ボスニア難民が多い)。
・学習障害の特殊クラスが2つある
 近隣の2市で連携して33名の学習障害児が本校で学んでいる
・センタークラス(身体障害、知的障害児のクラス)は3つある。センタークラスは県の事業で、県内各市から24名が通っている

<運営方法>
・3つの学年別単位とセンタークラスなどで運営している
 1)低学年=就学前クラス(1年間、義務教育以前に98%)〜3年生
 2)4、5、6年生のコーナー
 3)7、8、9年生のコーナー
 +学習障害の子らのクラス
 +センタークラス(障害児)

<学童保育所>
・学童保育所が低学年児を対象に校舎内にある
 センタークラスの子どもは年齢に関係なく希望があれば校内の学童保育所にかよえる
・学校全体の行事にはすべての子供が参加します

<学校運営の裁量と自治>
・国民学校は、国が枠組みを決め、各自治体が目的をもつ。自治体に裁量権がある。各学校のめざす。目的は各学校内で話し合って決める。
・本校では、各学年ごとの目標もたてているが、重視しているのは、ひとりひとりの子どもの状態に応じたきめ細かい教育(「支援」じゃない)
・各教科教育とともに、社会的能力の形成を重視
・人と人との交流、他者の理解、+国際感覚も身につけてほしい
・この教育目標は教師だけでなく保護者と生徒代表が共同でつくる
・民主的な社会の中でくらせる子どもを育成したい
・生徒にも、民主的方法でいろんな分野に参画してもらっている
・共同決定権を重視している
・教師だけではなるべく決定せず、学校で起こることには生徒たちにも関与して欲しい
・生徒たちにそうしたことを体験してもらう仕組みに工夫している
・生徒会代表はさまざまなところに、学校理事会にも参加する。
・図書館委員会ももちろん。生徒たちの意見が尊重されている

*わたしたちの質問にこたえながら
<学習障害児の教育の特徴は?>
・ADHDが一人、その他は情緒的な不安定な子が多い
・ADHDは普通クラスで補助教員をつけて勉強するケースが多い、
・行動障害が大きい場合はそういう専門の特殊学校にいく

<学校理事会について、もう少し詳しく説明してほしい>
・保護者代表が7名(学習障害、センタークラス、 国民学校5名)
・生徒代表2名
・教員2名、事務員1名、職員2名
・校長、副校長は席はあるが決定権はない(笑い)
・理事会は学校の予算配分の強い要請をおこなう
・各教科の時間配分を強く要請できる
・個別面談の開催回数の要請
・授業や生徒の成績評価の原則の要請、決定など
・教育の方法論には教師に決定権があるが、何を教えるかは保護者に決定権がある
・総合学習(プロジェクト学習)の時間配分も保護 者理事会で決められる

<保護者からは、教科学習を重視してほしいなどの要望はでないのか?>
・デンマークでも最近はそのような知育重視がいわれるようになっている
・それは、いままでがテーマ学習の重視だったがためもあるかもしれない
・しかし、知育重視に反対する人たちもいる
・たしかにいまの政府(保守系)は知育重視だが
・当校では理事会はテーマ学習重視を決めている。なかまづくりをのぞんでいる

○●○

旅の途中の9月15日(水)から、全障研初代委員長の田中昌人さんの「人間発達の素晴らし世界を」の新聞連載(週1回掲載)がはじまった。その第2回の一節だ。

「この間一貫して現れ続けている自殺、うつ病、引きこもり、子どもへの虐待、そして子どもの不登校、器物や自分や他人への暴力があり、自己肯定や相互信頼の弱さなどが姿を変えて年少化しています。個々への対応が効果をあげている場合もありますが、根本的な解決はもたらされていません」

田中さんは「世代間に人間発達の貧困が拡大再生産されている」といいながら、「国民の最大の危険」を指摘しています。
この10年来、深呼吸ができないほど、重い空気が教育界に充満しているわが国。

デンマークでは、子どもを真ん中にして、保護者と教職員がしっかりとブリッジを組んでそうした合意を大事にする成熟した民主主義に基づく自治の上に、学校教育が営まれています。
子どもたちはのびのびと学んでいます。

PS
写真に撮した緑の芝生のグランドは、聞くと、学校のものではなく、ある地元のサッカーチーム所有のグランドとのこと。「空いているときはどうぞ学校で使って」なのだそうだ。
日本代表ゴールキーパーの川口選手はデンマークのチームで奮闘していると知っていたが、ヨーロッパのクラブチームは、かくあるものなのかと妙に感心。

 故郷に立つアンデルセン像
 オーデンセ・アンデルセン公園

■ もどる