陽はまた昇る<10>
オーロラかもしれない


事務所のある高田馬場は、ラーメン店は70を越え、激戦区になっている。
でも、「うどん」がいい。わたしは1日2食うどんだけでも生きられる。

その「うどん家」は、脱サラ風のオヤジが一人で1年365日、黙々とうどんをこね、ゆでていた。ゆであがりにはたっぷり15分。ただただ、待つ。

「讃岐じゃない。関西風ってわけでもなく、東北系とは違う。でも、どこかで食べたような懐かしい感じがするんだな。ばあちゃんがつくってくれた味なんだよな」とぼそっと言うと、
「ダンナはどちらで?」と聞く。
「上州の東部なんだけどさ」と言うと、彼はニコッとした。
うどんを習って影響を受けた師匠が群馬の人だったのだそうだ。

帰国したら一番に食べたかった。メンは北欧には無い。一度「パスタが食べたい!」と探索したこともあった。
 http://www.nginet.or.jp/~kinbe/SAS/sas5.htm

帰国後慌ただしさの中で、数日が過ぎ、昼休み、意を決して「うどん家」を訪ねた。
が、いつもと違う。人が多い。オヤジは必死の形相でうどんをつくっている。
「今日は時間がかかりそうだねえ」というと、
彼は、ひきつった顔で、「今日が最後だから」。
瞬間言われた言葉の意味がわからなかった。そして、次に返す言葉が出てこなかった。

「一日50玉出たんだよ。それが最近は22〜23玉かな。少しづつ赤字がたまる。それでも、このうどんをうまいと言って来てくれるお客さんがいる。もう少し、あと少し、とずるずると年を越しちゃった。
 でも、明後日がこの店舗の更新日さ。病気はなかなか治らないし、どうやってもあと2年はムリだ。借金が大きくならないうちに、迷惑かけないうちにと思ってさ。
 70歳すぎて、うどんをつくりたいとおもったら、またやるかな」

翌日。シャッターが半分降りた店の中で掃除をしていた彼は、さっぱりとした顔でそんな話をしてくれた。
「オヤジさん、ここのうどんは本当にうまかった。また、食べたいよ」

この国の景気は回復傾向にあり、大企業は空前の利益を上げていると報じられる。でも、大学通りの一杯600円のうどん家は廃業した。昔ながらの散髪屋もある日店を閉めていた。わたしにとって大切な店が、どんどん消えていく。

 ◆  ◆

ヘルシンキの夜景は、黒い闇のカーテンのなかを、白色とだいだい色の照明が凍てつく寒さのなかで凛として美しく続いている。
 
深井聰夫さんは北欧にこだわる旅行代理店・ホライゾンの代表だ。毎年数回北欧を訪れ、現地情報や現地通訳は抜群だ。わたしの5度の北欧ツアーのすべてをコーディネートしてもらった。以下、この13年の間に聞いた深井語録の一部だ。

○北欧の人々の考え方を学ばずに、福祉制度だけを取りだして日本に持ち込もうとしても、付焼刃にすぎず、日本人の考え方まで変えることはならない

○北欧諸国は福祉国家であるより先に、民主主義国家であり、社会主義国家です。人間一人ひとりの存在価値を認め、一人ひとりが自分の意志をはっきりと表明しています

○個人の人権の要求と社会の判断の中で、結果として福祉制度が充実したのです

○北欧の人々が優れていると思うのは、人間は完全ではないと認識しているから

○自分たちの道を考えず、外国の方法を曲げて取り込もうとする日本との差はどんどん開いていくばかりだ。たった人口550万のデンマークがどうしてこの活力を生むのか

時間が空くと、コペンハーゲンでもヘルシンキでも動物園で動物をながめているのが彼は好きなのだという。子どもや障害者にはとびきりやさしい人だ。

そのホライゾンの経営も、崖っぷちだという。
「旅行業は、”少しでも安い”ほうがいいという価値観が優先されてしまいました。そこからは、価値あるツアーに正当な評価が入り込む余地はないんですよ」

酌み交わしたビールはほろ苦かった。でも、深井さん! こんな感想もツアー参加者から寄せられたよ

「今までで一番の旅になったと思います。訪れるたびに学ばせてくれ、自分を成長させてくれ、深まっていったのだとおもいます。薗部さんと深井さんのコラボツアー、継続して欲しいです」

 ◆  ◆

雑誌編集者の友人から情報が寄せられた。

:『R25』2/2号の最後のページコラムで、作家の石田衣良さんが、
:NHKの「ハートをつなごう」のことを書いていました。
:「これからは障害という言葉自体をやめませんかと、提案したいくらいである。
:その代わりに『可能性』ではどうだろうか。発達障害の代わりに発達可能性、性
:同一性障害の代わりに性同一性可能性、認知症の代わりに認知可能性。それでい
:いじゃないか。十分だと思うのだ」

北欧圏では「障害」は「ハンディカップ」。handicapは、英語圏では「差別語」的なものとしてとらえられているとも聞くが、今回の訪問したいたるところで聞いた。

日本のように、「障」も「害」も不適切な表現だから使わないようにしようとか、本来は「障害」は「障碍」であって「害」ではなかった、いっそみんな「ひらがな」にしちゃおうなどの議論があるとも聞かない。

なんらかの原因によって「社会的不利益」が生じる。「社会的不利益」は不平等だから、社会で支える。社会環境を変える。それは当然のことだ。
そんなふうに考える国だから、「ハンディカップ」そのものを曖昧にしない。むしろ、健常者との違いをはっきりと自己主張している感じがする。

問題は、いま生きている社会の成熟度、「可能性」が実質的にいかされる国かどうか、なんだとおもうな。
 http://www.nginet.or.jp/ngi/kiso/kiso_1.html

 ◆  ◆

旅の最終日の朝、雪が降った。
 雪のヘルシンキ
早朝の街を歩きながら、はじめての旅からの13年を思っていた。

3歳児を連れての6年遅れの「新婚」旅行がはじまりだった。
子連れで歩くと見えないものも見えてきた。
どこでも子どもを見るまなざしがとびきりやさしかった。
 http://www.nginet.or.jp/~kinbe/SAS/hokuou1.htm

学生の頃、京都北部にある与謝の海養護学校を夜行列車を乗り継いで訪ねたとき、青木嗣夫校長は「学生さんは宝やから」と歓迎してくれた。嬉しくて、ありがたかった。
北欧でも「子どもは宝」「子どもは未来」そんな子ども観、人間観を感じたものだ。

当時3歳だった娘はいま17歳。毎日毎日吹奏楽99%の青春だ。
今年は「受験生」だが、「福祉の方向考えてみようかな」なんてことも言いはじめている。

参加メンバー一人ひとりのノンフィクションは、一晩でも二晩でも語りつくせない。

 ◆  ◆

「運良くオーロラが見えるとすれば、左側の窓ですから」
深井さんはそういって、みんなの席をなるべく左側の窓にしてくれた。

夜の9時ごろだったろうか。
ヘルシンキを飛び立って、モスクワの北あたりを飛んでいるとき、
遠くに、白いようなぼんやりとした帯状のものが見えてきた。
 オーロラ?真ん中の白い点は星
シャッター全開で撮ったが、これはオーロラではなかったろうか。

爆睡していた深井さんは、この写真を見て、「オーロラのようにも見えますね、、、でも、いつもはもっと、色もあるんですけど」と断定しない。
飛行機の機長も「オーロラが出てますよ」とはアナウスしなかった。

でも、オーロラかもしれない。
きっと、オーロラだったんだ、なんてしあわせ気分で思っている。

人にやさしく、自分に自信をもって、
完璧でなくていいから、いまを大切に、充実して生きたい。
そう思った。

シベリア上空に、朝焼けがはじまり、また、太陽が地平線に昇ってきた。
 地平線に陽はまた昇る
  ▲シベリア上空


帰国した1月12日、この国は、ほんとうにどこにいってしまうのだろうと感じましたが、それから一月もたたないうちに、あれよあれよと、アベ政権はヤベー状態に。
 地球異常高温化のように、先行きは不安定ですが、それでも、変わるときは世の中も変わる。そんな気持ちがしています。   
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