本稿は、「みんなのねがい」2003年10月号に掲載されたものです。

 (「みんなのねがい」編集部)


自閉症児の教育実践Q&A


Q1
 自閉症の子どもの「こだわり」に悩んでいます。ジュンイチくんは、下駄箱で友だちのクツをきれいに並べることにこだわって、三〇分以上も教室に入れないことがあります。それをしないと授業中落ち着かず、困ってしまうのですが・・・

 まずは、「こだわり」につきあってみましょう。
 「こだわり」に教師がこだわってしまうと、その姿を通してしか子どものことが見えなくなってしまうことがあります。ジュンイチくんの目線に立って考えるためにも、まずは「こだわり」につきあってみてはどうでしょう。
 クツ並べにこだわるヒロシくん。彼がこだわる以上にこだわって、クツを下駄箱に並べてみたことがあります。最初は、並べたクツを、彼は自分でそろえなおしていましたが、やがて並べたクツが整然としていれば、それで納得するようになっていきました。そのとき、彼との距離がほんの少しだけ縮まったように思えました。
 ジュンイチくんの世界にじっくりつきあっていけば、彼がどんなふうに、何にこだわっているかが見えてくるはずです。また、いつもこだわっていることでも、場面によってはちがう反応をすることが発見できます。


Q2
 タカシくんは、教師に対してツバを吐いてきます。これは「問題行動」と呼ばれるものだと思うのですが、やめさせるには、どうしたらいいでしょうか

 「問題行動」を「問題」ととらえないことです。
 一般的な社会のルールと照らしてみて、「問題行動」ととられかねない行動を子どもたちがすることがあります。でも、「問題」と見ていると、その行動をなくすことだけに気が向いてしまいます。
 私たちは、「問題行動は発達要求の現れ」ということを確認してきました。マイナスに見える行動の中に、その子の訴えや思いが隠されています。対症療法的に「問題行動」だけを消し去ろうとしても、その本質はなくなりません。
 テツヤくんは、自分のまわりのオモチャを友だちに向かって投げてしまい、とめると教室から飛び出していってしまいます。いろいろと形を変えて現れる「問題行動」。それをやめさせることだけに必死になり、子どもとの関係がどんどん悪くなっていく…。そんな状態がイヤになり、思い切って、「問題行動」のことは忘れて、彼が好きな砂遊びをいっしょに楽しんでみることにしました。すると、意外なことに、テツヤくんが楽しんでいるときには、「問題行動」がないことに気づきました。
 タカシくんが、ツバを吐く場面、相手、その後のようすなどていねいに検討してみてください。そこから彼の「ツバ吐き」の裏にある発達要求が見えてくるはずです。


Q3
 エイイチくんは、突然パニックを起こして、他の子を叩いたり、自分の手を血が出るまで噛んだり…。こういったときは、力ずくでもとめた方がいいですか

 安全を確保し、子どもを見つめましょう。
 パニックは、その行動の大きさに目を奪われがちですが、そこには子どもの思いがたくさんつまっています。ギリギリまでがんばっている子どもの、唯一の表現手段である場合もあります。エイイチくんのパニックにも必ず理由があります。
 他の子どもにも危害がおよぶ恐れがあるときには、まわりの子どもの安全を守ることを考えなくてはいけません。もちろん、エイイチくん自身の安全も守る必要があります。廊下に連れ出すなど、エイイチくんが落ち着ける場所までいき、少しいっしょにすごすこともあってもいいでしょう。
 安全を確保するだけで精一杯のときがあると思いますが、とめるときに後ろから抱きかかえようとすると、子どもは何をされるのかわからず、逆に不安を強めてしまうこともあります。教師自身の安全も頭に入れながら、子どもに少しでも今の状況がわかる配慮をし、落ち着きを取り戻すことを優先する。そして、その後その原因が何であったのかをしっかりと把握していく必要があります。こういったときこそ、教師の子どもを見る目が試されています。

Q4
 ヤスシくんは中学部の二年生。教師の指示は素直に聞きます。作業学習でも手を休めず黙々と課題をこなしますが、楽しそうというよりも、やればやるほどイライラが募っているように見えます。どうしたらいいでしょうか

 ヤスシくんは、教師に言われたことをいつでも「やらねばならぬ」と、自分を追い込んでいるのではないでしょうか。教師は子どもがこちらの指示を素直に聞いて、その通りに動いていると、それでよしと考えてしまいがちです。でも、どんな子でもやりたくない課題はあるし、苦手なこともあります。私たちでも、まわりの状況を見て、手を抜いたり、がんばらなければならないときには一気に集中したり…。そういった、自分の行動を自分で調整する力は大事です。ヤスシくんにも、「やらなくてもいいときもある」ことを、教師とのゆったりとした関係の中で、自分の思いを表現する機会をたくさんつくり、覚えていってほしいと思います。
 自閉症児の指導では、常に子どもに何かの課題をあたえることで「問題行動」を押さえようとする考えもあります。あたえられた課題を黙々とこなしていけば、その結果「問題行動」は減るかもしれません。しかし、課題の意味を考えたり、これはどうやればいいのかと自分なりに試行錯誤する力は、そういった指導ではついていきません。自らの意思で考え、行動できる子どもを育て、「人格の完成」を目指す教育実践をつくっていきましょう。


Q5
 エミさんは、授業のときに集団に入れず、ずっと教室の隅で自分の世界に入っているような感じです。人とのかかわりをさけているようで、彼女とのかかわりのきっかけがつかめません

 自閉症の子どもとのかかわりのきっかけをつかむのは、本当にむずかしいことです。でも、すべての自閉症児が、人とのかかわりをさけているわけではありません。エミさんも、集団には入っていけないけれど、みんながしていることを気にしているようすがありませんか。そういう目で見ると、これまではつかめなかったきっかけが、きっと見つかります。
 体育の時間にダンスを踊っているとき、みんなの輪に入ることはできないけど、少し離れたところで、友だちと同じ踊りを一人で踊っている子がいました。また別の子は、普段は教師に興味がないように見えるけれど、自分の大好きなブランコで遊びたいときには、自分が安心できる先生の手を引いて、押してくれと訴えてきました。
 そんな姿を見ると、自閉症の子どもたちは、コミュニケーションやかかわりを求めていないのではなく、どうすればいいのかと葛藤していると考えられます。集団に入っていけないのも、エミさんが許容できるよりも大きな集団なのかもしれない、ととらえて、まずは安心できる先生と、次にはさまざまな先生と、さらには気の合う仲間と、二人の仲間と…、とかかわりを広げてみてください。焦らないで、ゆっくりとその子の発達段階や、こだわりのようすなどの障害の面にも配慮しつつ、人とのかかわりを豊かにしていくことが大切です。

Q6
 自閉症児に、環境からのよけいな刺激をあたえないために、授業のほとんどの時間を個別指導で行なう、などの考え方を聞きます。そういうことのよさも自分の実践の中で感じるのですが、こういった方法で、自閉症児は本当に成長していくのでしょうか

 指導方法を考えるとき、それは何のために必要なのかを、教師は常に子どもたちの姿から問い直していく必要があります。
 自閉症児の障害特性に応じた指導を進めるという立場から、よけいな刺激をあたえない環境を設定して個別指導を行ない、「できる」ことを増やしていくことが、この子たちの能力を「効率よく」伸ばしていく方法だという考えにもとづいて実践している学校も多いようです。
 自閉症の子どもたちがどういった姿を見せ、どこに弱さをもっているのかを教師がつかみ、その弱さへ直接的にアプローチをすることはたしかに大切です。指導の内容をしっかりと子どもに伝え、確実な定着のために個別指導という形態をとることも、これまでの障害児教育の実践では行なわれてきました。しかし、それらはすべて子どもの「人格の完成」を目指すという、教育の根本的な目標を達成するための一つの手段としてとっていることを、忘れてはいけないと思います。
 「できる」ことが増えることで、子どもが自信をもち、次への意欲につながることもあります。しかし、そこで「できる」ことを「効率よく」増やすという考えだけが前面に出てしまうと、「できない」ことばかりに目を向けていくことにつながります。大切なのは、子どもたちが「できる」ことを本当の意味で自分のものにし、どんな場面でも発揮できるようにすることです。そのためには、さまざまな場面や人との関係の中でその力を使い、その意味を自分のものとして「わかる」ことが必要です。
 「効率」を考えたとき、子どもたちに失敗は許されません。また、「できる」ことのみを追い求めたとき、目に見えない子どもたちの内面は無視されてしまうことになりかねません。

Q7
 シンゴくんは小学部二年生です。授業の変わり目でパニックを起こすことが多いので、自閉症児の視覚優位な側面に働きかけようと、絵カードを使って次の課題を示したところ安定しました。いわゆるTEACCHプログラムの理論にしたがって、活動の場面を衝立で区切ってみたり、週の予定も同じ時間帯に同じ活動を入れるなどの工夫をしています。ただ絵カードでのやりとりは、機械的なこちらの指示の押しつけのような気がしますし、最近はカードにこだわってしまうことが多いのが気になります

 方法は一つではありません。
 教育実践の工夫は、目の前にいる一人ひとりの子どもたちに応じて創造していくものです。視覚的な情報の方が理解しやすい子どもには、それを実践の手がかりにすることも、大切な方法です。
 しかし、これは自閉症児のみへの工夫ではありません。これまで障害児教育の実践では、すべての子どもたちが目的意識をもって授業にかかわれるように、見通しのもちやすい日課を設定したり、受け入れやすい教材などを工夫してきました。そこでは、絵カードも広く使われてきています。
 でも、それはあくまでも一つのきっかけであって、いつでも、いつまでもそれだけだと、結果的に教師がシンゴくんの力を限定的にとらえてしまうことにつながります。自閉症の子どもでも、視覚的なものではなく、ことばでの指示やコミュニケーションの方がやりとりしやすいこともめずらしくありません。子どもがわかりやすい、という視点を裏返せば、教師のやりやすさにつながっていないかを、あらためて検討してください。
 その子の実態を的確に把握し、かかわりの方法をさまざまに試していくことが、子どもたちの豊かな発達につながります。


Q8
 チエさんは話しことばを獲得していない自閉症児です。私もお母さんも、話しことばをもってほしいと思い、授業では発声の練習や単語を言うことに力を入れています。でも、練習してもなかなかうまくいきません

 ことばの根っこを太くしていきましょう。
 チエさんは、話しことば以外の方法でコミュニケーションをとろうとすることがありませんか。ことばの練習だけをしようとしても、彼女にとってその手段を使う目的がなければ、ことばで相手に伝えようという気持ちも生まれにくいと思います。
 発声だけあったマミさん。彼女が「ハア」と発声すると、すぐに同じように「ハアア」と応えてみました。最初は単なる発声でしたが、だんだんと意図的なものとなっていき、その意味を共有できるようになっていきました。
 人に伝えたいという思いと、自分の思いを受け止めてくれる相手がいる中で、コミュニケーションの力は豊かになっていきます。発声という現象面だけではなく、ことばが出てくる根っこを、太く、大きくしていく実践を考えていきたいですね。



<全障研の本>

○別府哲・奥住秀之・小渕隆司
『自閉症スペクトラムの発達と理解』

○白石正久・東京知的障害児教育研究会
『自閉症児の理解と授業づくり』

○別府悦子『LD・ADHD・高機能自閉症児の発達保障』

○杉山・別府・白石・茂木・荒木『自閉症児の発達と指導』


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