障害者をしめ出す社会は弱くもろい
 
  藤井克徳
(日本障害者協議会代表、日本障害フォーラム副代表、きょうされん専務理事)
   定価1500円+税  ISBN978-4-88134-595-5 C3036  2017.8.15/増刷8.15
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 目次

 はじめに

 1 なお続く”この国に生まれた不幸”
 2 戦争と障害者
 3 障害児の全員就学と地域での運動起こし
 4 エネルギー不滅の法則
 5 地域で創り、全国とつながりながら
 6 津久井やまゆり園での殺傷事件に思う −「特異な事件」だけでは済まされない
      詩@ もっと生きたかった
 7 抱きしめたい障害者権利条約
      障害者権利条約条文
      詩A 恥をかかせないで
 8 天国の先輩からも大きな拍手
 9 運動は他者を変え、そして自分をも
 10 あそこまではやれた私たちの国
 11 憲法ずっとはこれからも そして安心保障を
      詩B わすれないで
 12 災害大国と障害のある人
 13 新たな政策潮流と運動の課題 −「我が事・丸ごと」政策の本質をどうみるか
     詩C 裏切らない

 ターニングポイント発言録
  @参考人意見陳述 第162回国会 衆議院厚生労働委員会 2005年5月17日
  A参考人意見陳述 第185回国会 参議員外交防衛委員会 2013年11月28日
  B国連第7回障害者権利条約締約国会議 我が国発言骨子 2014年6月10日
  C国連第7回障害者権利条約締約国会議 ラウンドテーブル 2014年6月11日
  D障害者自立支援法違憲訴訟原告団・弁護団と国(厚生労働省)との
    基本合意文書 2010年1月7日

 おわりに

藤井本チラシV201801(PDF)

「経済」2018年2月号 評者=池上 惇(京都大学名誉教授)
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 本書は、著者が「障害をもつ人々と、障害と向き合う誠実な健常人」が、ともに、働きつつ学ぶ場を拓いた軌跡である。同時に、この軌跡は、経済学を学ぶ人々にとっては、現代の貧困化法則を解明しうる貴重な基礎文献でもある。
 ここで、示唆されているのは、障害をもつ人々の低所得水準や、潜在能力を発揮する機会を奪われているなどの「厳しい所得貧困・能力貧困」が進行しても「市民が憲法の基本的人権思想を暮らしの中に生かす力量」を育てあうならば「貧困克服の道が見出せる」との貴重な発見である。憲法や国際条約を暮らしの中に生かして日本の貧困を克服しよう。著者は、このように、呼びかけている。
 さらに、地域の人々が、東日本大震災で世界的な評価を得た、日本市民の「つながり」「きずな」をもつ「よき伝統」を生かし、自分たちの智慧を出し合う習慣を取り戻すならば、新自由主義思想を背景に持つ「権利空洞化戦略」による一時的な後退があっても(第1章参照)、「障害をもつ人々の社会環境を必ず改善できる」との展望も示されている(第3章)。そこには、市民が障害を超えて、ともに、人間発達の場を持続的に創ってきたという重い事実がある。
 この事実を、経済学や社会学の用語を使えば、つぎのようになるであろう。
 「貧困化によって生み出される、健康や生きがいに対する越えがたい障害」(この究極の姿を第2章ではナチス時代の医者の優生思想と障害者大量虐殺の真相、第6章では、津久井やまゆり園での殺傷事件によって解明されている)を、市民参加の下での医学や社会科学などの科学的で公正な研究を通じて「原因」を究明すること。
 現代の国際競争や国内の「激化する雇用・昇進などにおける生存競争と優生思想などを背景とする社会的な差別・排除システム」を貧困化の原因として認識すること。
 この認識を基礎として、障害をもつ人々と、市民が協力し合って、地域社会からの切実な要望・ニーズに応え、公正で自由な場を市民が資金や労力を出しあって創りあげること。
 ここで働く人材を「人間発達を支援し実現しうる高度な専門家」として国際交流や大学制度を活用して育成すること。この場の高い教育力や研究力を魅力として社会の眼を集め、社会の資源を有効に活用し、高い社会的評価と最優先すべき資源配分の領域として社会共通の認識とすること。
 良好な資源配分(公的支援や民間からの寄付金・協賛金)と創造的な成果(福祉事業所から生まれる研究成果、出版物、芸術作品や質の高い商品など)によって、教育研究と介護福祉の専門家への公正な報酬を実現しつつ、地域に共同作業所のような社会事業(=障害をもつ市民の発達保障の場)を立ち上げてゆくこと。
 これらの社会事業を、持続的に発展させて、市民の、市民による、市民のための公共活動として、自治体や政府に認めさせ、公正な法を創らせ、優良公務員並みの待遇を確保し、公益法人制度などを生かした「民間主導の公益団体」として、免税付き寄付金を含む、公的な責任による財政支援、広報支援などを公務員との学びあい育ちあいの関係の中で実行すること。
 これらの活動によって、現在の福祉問題の最大の欠点である「家族への過度の依存と、家族の健康障害、家族関係の危機」に対処し、家族、地域コミュニティ、学校、自治体、政府などのコラボレーションによる「人間発達の社会システム」を構築することである(第4章、第5章)。
 とりわけ、注目されるのは、社会的合意の基礎となる、「他の者との平等」を、制度的にも、実質的にも実現してゆく課題の解明であった。すなわち、これが欠如する社会は、非常に不安定であることである。例えば、日本社会では、大災害時の障害者の死亡率が健常者の2倍であったので平等な生活条件にはなかったことが実証された。
 また、相対的貧困線である年収112万円を割る障害者が全体の85%、家族依存が多い。一般雇用と福祉的就業では、20倍の差がある(本書、「ターニングポイント発言録」133n)。そこで、障害者運動は、「あきらめない、こびない、ぶれない」粘り強さで、足元の生活の場から日々、障害の社会的原因の究明を科学的に行い、障害発生の原因に対する認識を市民や専門家が共有すること。障害を克服して健康を回復するには、学習によって人間発達を実現する場を障害者運動によって実現してゆく必要がある。「ひと」としての人権・信頼関係・専門家との協力関係などによって実現してゆくことこそ肝要であった。
 そこで、国際障害者年(1981年)にちなんだ国連決議文の一節「障害者をしめ出す社会は弱くもろい」が本書のタイトルとして採用された。
 経済学を学ぶ者にとって「憲法を暮らしの中に生かす実践」「その現実性の実証研究」はかけがえのない貴重なものである。本書は、この課題に応えた歴史的な記念碑として、日本経済学の共通の財産となるであろう。著者の御活動は、きょうされん専務理事という要職だけでなく、世界的な広がりとつながりを持つ「障害人と健常人の社会的な連帯」のシンボルであった(藤井克徳『見えないけれど観えるもの』やどかり出版参照)。
 現代は、人権にとっての最大の危機である。同時に、危機は、再生や創造の最善の機会となるに違いない。そこには、創造的な「仕事おこし」、地域づくり、市民自治、教育活動、よき伝統への愛着、そして、ゆるぎない人類愛と無限の「人間の可能性」への確信が生まれる。

「リハビリテーション」2018年1月号 評者=佐藤久夫(日本社会事業大学特任教授)
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藤井思想の全容とその背景

 私は歴史を動かす上で個人の貢献はきわめて小さいと考えているが、例外的に、ここ2,30年の障害者政策・障害者運動の経過を見るとき、藤井氏の存在はかなり重いと思う。とくに今世紀に入ってからのJD(日本障害者協議会)やJDF(日本障害フォーラム)の取り組みなど。また藤井氏は幅広い障害当事者や家族の団体だけでなく、事業者や専門職団体、さらにはマスメディアからも信頼されているという点で、めずらしい存在である。
 本書の目次の一部を紹介する。「1 なお続く『この国に生まれた不幸』」、「2 戦争と障害者」、「3 障害児の全員就学と地域での運動起こし」、「「6 津久井やまゆり園での殺傷事件に思う」、「7 抱きしめたい障害者権利条約」、「9 運動は他者を変え、そして自分をも」、「10 あそこまではやれた私たちの国」、「11 憲法はずっとこれからも そして安心保障を」、「12 災害大国と障害のある人」、「13 新たな政策潮流と運動の課題 『我が事・丸ごと』政策の本質をどうみるか」。
 本書は藤井氏がこの数十年何を考えながら、何を大切にしながら、どのように周囲と連携して障害者運動を進めてきたかを描いている。したがって藤井思想の全体像をその背景や形成過程とともに理解させてくれる。同時にたくさんの写真や4つの自作の詩もあるなど読みやすさも配慮されている。
 現在政府は、介護・福祉分野の法律改正や2018年度報酬改定などを通じて「我が事・丸ごと地域共生社会」政策を急ピッチで進めている。その内容の一つは、「お世話型」の介護を「自立支援介護」に切り替え、介護保険等のサービスからの「卒業」をめざすもので、介護を通じて要介護度を軽くしたり、日常生活動作を改善したり、あるいはそのための取り組みをした事業所には報酬によるインセンティブを与える。
 社会保障審議会介護給付費分科会は2017年8月23日(第145回)の会議で「平成30年度介護報酬改定に向けて(介護サービスの質の評価・自立支援に向けた事業者へのインセンティブ・・・)」を議題とした。その議事録で注目されたのは、「認知症の人と家族の会」の委員の発言である。
 「認知症を含めてですけれども、介護を要する高齢者には障害者手帳を持つ障害者である人たちも少なからず含まれていると思います。障害の分野では状態改善ということを求められることはないわけですよね。その人のその状態でどれだけその人が質の高い生活を送ることができているか、それが実現できているかというのが問われるわけでして、評価されるのはその人の状態ではなくて、周りのサポートが問われる。つまり、社会が問われるということになるわけです。」
 この発言は介護保険で「医学モデル」(自己責任・訓練主義)を一層強化しようとする動きに対して、「社会モデル」(主に環境とサービスの充実による社会参加)が(高齢者福祉に比べて)かなり実現している障害者福祉分野を紹介して、年齢による差別を指摘し、政府に再考を求めたものであった。
 この、障害者が問われるのではなく社会が問われているという基本視点は、1970年代以降の日本の障害者運動がめざし、ある程度は実現してきた視点である。今や障害者福祉の実態が高齢者分野の心ある人々にとっての希望となっている。
 この両分野の「差」はなぜ生まれたか。国際障害者年や障害者権利条約などの有利な条件に支えられたとはいえ、まさに「運動の差」といえる。高齢者分野では当事者運動が非常に弱いのに対して、障害者分野では多様な団体が活発に運動している。とくにこの2,30年はJD、DPI、JDFなどまとまった声を届ける運動が強まった。藤井克徳氏は常にその先頭に立ってきた。
 その藤井氏もすでにそう若くはない。社会もますます複雑になってきたので、権利の現状維持も簡単ではない。しかしたくさんの「藤井克徳」が生まれて活躍すれば、権利条約の方向への歴史の流れを速めることも可能となろう。次の世代の「藤井克徳」が育つために本書は「参考書」として大いに有益である。障害当事者・家族や支援者に本書をお薦めしたい。小グループでの学習会に使うのもふさわしいと思われる。

「しんぶん赤旗」2017.9.10
 ふじい かつのり 大きな画像

◆「みんなのねがい」9月号 BOOK
 「みんなのねがい」好評連載「この国に生まれてよかった この時代に生きてよかった」。それに「我が事丸ごと」政策、災害と障害者の二章を書き下ろし、障害者権利条約めぐっての国会や国連での「ターニングポイント発言録」も加わりました。今日の障害者問題の本質にせまる13タイトルですが、読者とのキャッチボールを楽しむようなエッセイ風で、読みやすく、わかりやすく、深く学べます。
 理不尽な「就学猶予・免除」。障害児の全員就学と地域での運動起こしを体験し卒業後の働く場=共同作業所づくりへ。「環境によって障害は重くも軽くもなる」「運動は裏切らない」と、悪法・自立支援法や制度改革推進会議、権利条約批准とその実現めざします。相模原殺傷事件、障害者と戦争、憲法の課題整理も参考になります。みんなと学ぶ学習会に最適の一冊です。


<読書感想から>

■上田敏(医学者)さん
 内容はもちろんながら、いつもながらの藤井さんの説得的で、ひそかなユーモアを交えた語り口を楽しみました。特にある一つのテーマについて論じた最後に、そのエッセンスをひとことでまとめることのうまいことにはいつも感服します。

■永塚友啓(税理士)さん
 今、障害のある人の暮らしぶりは、流れが変わろうとしている。象徴的なキーワードとして「優生思想」「排外主義」が国の内外で顕在化してきているという。
 その根底にあるのが、基本的人権の否定・軽視。こうした中で、今こそ「障害者権利条約」が私たちの北極星としてひときわ輝いている。地道で真摯な運動を絶やさず、この条約の根本を実現しようと呼びかける。
 ドイツでは戦争中に障害者が次々と抹殺されていた。日本でも障害者がなきものとして扱われていた時代があった。そうした中から、障害を持つ子供たちに教育を受ける権利を保障する運動、働く権利を保障する共同作業所の活動などを通じて、障害がある人たちの人権を認めさせてきた藤井さんたちの運動の軌跡、凄いエネルギーを感じる。
 いくつもの宝石のような言葉がちりばめられている。実践の中からしか生まれない。 「エネルギー不滅の法則」「できない理由を上げるのではなく、できるためにどうするか」「安心保障を」「活気の根っこは運動」・・・たくさん並べることができる。様々な場面でこうした考え方は役に立つ。


■東京 K・Uさん
 障害分野について、この20年ほどの状況や運動の果たしてきた役割などが大きくまとまっている本とお聞きしたので時間をかけて読みました。本書中のあとがきにある通り、つながりのきっかけになればという思いで職場の人と一緒に読書会も開きました。
 特に印象に残っているのは、1章で提起される障害を社会モデルでとらえるという視点です。機能障害の改善に重心を置く医学モデルと同時に、人の態度や物理面・法制面での社会的障壁といった環境に重心を置く社会モデルで考えていくことによってこそ、障害の問題が解決されるとあります。そして人為的に生まれる、環境の問題を解決するためのものとして、運動の役割が語られています。
 一貫してこの視点を意識して本書を読み、読書会でいろいろな人の話を聞いていくなかで自分の仕事や運動の意味をかえりみると、たくさんの気づきがありました。それは、もちろん障害当事者と直接向き合い支援することも大切ですが、それと同じように、署名を集めたり集会に参加したりすることも、障害のある人たちが人間らしく働くこと、暮らすこと、そして生きることを支えるものだということです。
 この本をきっかけに、「権利条約」「基本合意文書」「骨格提言」などを読むこと、それと合わせてこれまでの障害者運動がどんな思いで、どんなことをしてきたのか、どういう成果があったのかといった歴史を学んでみたいと思いました。それを踏まえ、本書も読み返しながら、これからどんな社会を目ざすのか、そのために自分に何ができるか考えていきたいです。


■大阪 ひびき福祉会 塩田千恵子さん
 はじめにと終わりにを含めて全部で15章からなる本著は、それぞれが独立した内容ながら、そこに流れているものの一貫性を深く読み取ることができる。
 ひとつはこの国が障害者を一人の人間として扱ってこなかった、その歴史である。長い間、学ぶ権利、働く権利を奪われ、そして戦争や災害にあたっては、真っ先に生きる権利もをないがしろにされてきた障害のある人たち。そして「この国に生まれてきた不幸」はなお続き、「自己責任」「効率性」が強調される世の中にあっては、息をひそめて暮らさざるを得ない姿が具体的事実と共に語られていく。
 しかし読み進めながら受ける印象は、先の見えない暗いものではない。それどころか、そのような中でも「どっこい生きてきた」著者と、運動の力のしなやかでぶれない姿勢が迫ってくる。
 先日ある講演会で、戒能通孝という法学者が「生存権は物取りではない」「貧しさは恥ではないが、貧しさと戦わないことは恥である」と述べていたという話をきいた。
 本著で述べられている様々な障害者運動は、たたかうことで生存権を物取りではない真の権利として高め、障害のある人を権利の主体として認めさせてきた過程なのだと実感する。
 そして本著にちりばめられている著者が作った詩は、障害者運動がヒューマニズムに満ちた暖かいものであることを伝えてくれる。運動の出発点は、権利を侵害された障害者一人一人のよりよい人生を求めていくものであることや、人とのつながりを広げながら運動を進めていく大切さを、著者の暖かさから深く学ぶことができる。いつも手元に置いておきたい1冊である。


■大阪 H・Yさん
 入職23年目、法人内でも後輩の方が圧倒的に多い世代となりました。この世代の役割として先輩が行なってきた偉業ともいえる「運動・事業」を歴史的事実としてだけでなく、その中にこめられた思い(何のために?まずは障害者、そして今を生きる人々が幸せになるために)を後輩に伝えていく責任があります。私たち世代は目の前でその「運動・事業」を一緒に体感してきたので、リアルな経験として積み上げることができましたが、今の若い職員はそうはいきません。できるだけ分かりやすく今の感覚で伝わるように努力をするものの同じレベルで共感することはかなり困難です。
 しかしこの本を読むと自分が伝えようとしていたことが、その時代やその場面で藤井さんが感じた事として、(おそらく私たちが感じる)最大公約数の短い言葉で表現されています。
 そしてつねに障害のある人を中心にしながら、その周りやその先までどのように共に幸せづくりにとりくむのかを、スッキリと見通せる展開が、理屈だけでなく実際に行なわれている「運動・事業」実践として語られているところは、その説得力から自分が1年目に戻って一から見ているように思えてしまいます。
 ぜひ若い職員だけでなくベテラン職員も一読し、ベテランは自分たちの経験をもう一度ふりかえり、若い人に語って欲しいと思います。そして若い職員は「昔話」と終わらさず、その先輩の経験の上に新たな道を見据えることができれば素晴らしいと思います。「今では当たり前だが当時は…」とふりかえる場面がありますが、今から30年後40年後「今でこそ当たり前」と言えるものが生み出せるのか。藤井さんをはじめとする先輩の思いを後輩に引き継いでいった結果がそうなると信じて、しっかり「運動・事業」に責任を持って活動していきたいと思いました。
 この本の底流にある「平和」への思い、「我々は戦争察知請負人」とありましたが戦争を食い止め平和な世界をつくり続ける力が障害者運動でもあると改めて強く感じ、これも伝えていかなければならない重要な点であると後輩たちと共感しながら活動していこうと決意させられました。

■スウェーデン ルンド大学大学院 紅山綾香(弁護士)さん
 薗部さんが9月の北欧視察旅行の際、藤井克徳さんの著書「障害者をしめ出す社会は弱くもろい」をお土産に持ってきてくれました。津久井やまゆり園事件の被疑者に見られる優生思想と、障害者を大量虐殺したナチスドイツのT4作戦の連関にはじまり、藤井さんのこれまでの障害者の権利実現のための活動経験に基づいた「運動」の大切さが語られています。運動は「説得力を備えた他者への働きかけ」で、常に「誰のため」かを問うものであり、そして、働きかけは「そういうあなたは」と自分に帰ってくる。藤井さんの常にポジティブで歯切れのよい語り口調がそのまま聞こえてくるようです。
 最近、「Evidence for Hope: Making Human Rights Work in the 21st Century」という本も読んだのですが、その著者Kathryn Sikkinkは、人権活動家や学者が人権の有効性に懐疑的になる理由を、”理想との比較”、つまり、現状と理想を比較して人権は理想の実現に対して効果がないと結論づけることが原因だと分析しています。 
 私も弁護団員として参加した障害者自立支援法訴訟が基本合意の締結で終結したあとの政府の対応は、訴訟団にとって決して納得のいくものではありませんでした。当事者が基本合意にかけた期待が裏切られたと感じて、私は当時ある種の敗北感と責任感を抱いていました。しかし、当時から藤井さんはポジティブなスタンスを変えることなく、基本合意、骨格提言を掲げて、「あきらめない」姿勢を貫いていました。
  ”Evidence for Hope”の著者Sikkinkは人権の有効性の判断について、理想との比較ではなく、実証的データによる過去との、また同時代の別の地域との比較が重要だと強調しています。藤井さんのあきらめない姿勢も、活動の履歴を振り返り、何がどこまで進んだのか、一つ一つ確認する作業により、次に目指すべき目標を定めていることから支えられているのではないかと感じました。
 私が今やっている国際人権法の勉強は、世界中の解決されていない問題を発見しつづける過程ともいえるのですが、実証的に、人権規範とその実施メカニズムを使って何ができるのかについて、もう少し勉強していきたいと考えています。

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