障害者問題研究  第34巻第1号(通巻125号)
2006年5月25日発行  ISBN4-88134-374-2 C3036  定価 本体2000円+税

特集 障害者権利条約制定に向けての基本課題(絶版)

特集にあたって 中村尚子

人権保障の発展と「障害のある人」の権利条約/井上英夫(金沢大学法学部)
 
要旨:国連で第8番目の主要人権条約として障害のある人の「権利条約」を2007年総会で採択するために作業が進められている。日本の人権保障の現状と「権利条約」とのギャップは非常に大きいが、そのギャップを埋めることこそ条約制定・実施運動の意義であり課題である。「保障」と「差別禁止」の両者の内容をもつ「包括的・総合的モデル」としての「権利条約」は、20世紀の人権保障の到達点であると同時に21世紀の人権保障の出発点である。その帰趨は、日本及び世界の障害のある人々はもちろんすべての人々の人権に大きな影響を与える。「権利条約」制定の経緯と内容、意義を十分理解し、障害のある人本人をはじめとした広範な人々の参加により、制定、批准、有効実施のための取り組みを展開すべきである。
キーワード:障害のある人、人権、平等、国際条約、参加、日本国憲法

国連・障害者権利条約における「合理的配慮」規定の推移とその性格/玉村公二彦(奈良教育大学)
 
要旨:障害者権利条約において、国際人権条約としてはじめて「合理的配慮」の概念が導入されようとしている。本論文では、まず、障害者権利条約の審議の過程での共通認識を踏まえ、その中で「合理的配慮」の位置と意義をさぐり、その後、権利条約成文化過程における「合理的配慮」概念の推移をトレースした。さらに、権利条約において導入される背景には、「合理的配慮」概念や類似の概念が、各国の障害者差別禁止法に導入され、規定されてきたことを示し、「合理的配慮」概念の広がりと深まりをみた。それらを通して、「合理的配慮」概念の意義と性格を吟味し、歴史的制約とともに分野や状況での制約性を示した。
キーワード:障害者権利条約、合理的配慮、障害者差別禁止法


障害者権利条約における教育条項をめぐる議論
 ―インクルーシブ教育を中心に/山中冴子(埼玉大学)
 
要旨:障害者の教育権において機会均等化は国際的なキーワードである。現在では、障害者のおかれた環境を是正し排除的構造を撤廃するために、インクルーシブ教育が推進されている。一方、代替的コミュニケーションを要する際には代替的な学習形態が容認されるといった新たな動きも出てきている。障害者権利条約の教育条項はこの国際的到達点を継承しつつ、さらに一歩進めている、インクルーシブ教育とそれを実現するための合理的配慮は、一般教育において十分なサポートが整備されていない日本において有効であろう。しかし、障害者権利条約を真に生かすためにはインクルーシブ教育の具体的イメージを形成し、広く共有する努力が必要である。その際、障害者アイデンティティの構築は重要な観点の一つとなろう。障害を受け止めアイデンティティを確立するのは盲・聾に限らず、そのための支援はきわめて教育的な課題であるからである。
キーワード:機会均等化、インクルーシブ教育、特別な代替的教育・学習形態、代替的コミュニケーション、(教育的)ニーズ


「我々人民」的パラダイムのもとにおける人権条約実施に関わるNGOの新しい役割
 ―子どもの権利条約からの教訓/世取山洋介(新潟大学教育人間科学部)
 要旨:本稿は、「子どもの権利条約 市民・NGO報告書をつくる会」が展開してきた、子どもの権利に関する条約の実施監視機関である子どもの権利委員会への代替的報告づくりの運動を、国際法の昨今におけるパラダイム・シフトに位置づけて評価すること、および、現在起草中の障害者の権利に関する条約のもとにおけるNGO活動のあり方にヒントを与えることを目的としている。まず、“冷戦”の影響から自由であった子どもの権利委員会が、NGO参加を含む実施監視をどのように定式化したのかを概略し(1)、それが、“冷戦”後パラダイムから昨今の「我々人民」的パラダイムへの移行を示していることを確認し、その下で展開されたつくる会の運動の先進性を指摘する(2)。障害者の権利条約案に示されている実施監視の仕組みが、「我々人民的」パラダイムを推し進めるものであることを明らかにし、NGO活動に対するいくつかの示唆を示す(3)。
キーワード:国連子どもの権利条約、国連子どもの権利委員会、「子どもの権利条約 市民・NGO報告書をつくる会」、“冷戦”後パラダイム、「我々人民」的パラダイム、非政府組織(NGO)

インタビュー 寺沢勝子さん(弁護士)にきく
 女性差別撤廃条約の取り組みと運動
  ―国際人権条約の到達をふまえ障害者権利条約を実効あるものに
 
要旨:障害者権利条約は、国連の人権条約(国際人権規約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、移住労働者等保護条約)はじめ、国際的な人権保障の到達を踏まえて討議されている。1979年に国連採択された女性差別撤廃条約は、差別をどうとらえるかや条約の実効性をどう担保するかの議論、NGOによる条約制定への参画や検証活動の取り組みにおいて、その後の人権条約やNGO等の運動に影響を与えた。障害者権利条約の取り組みにおいても、固有の課題を認識しつつも先行する人権条約から学ぶものは大きいと思われる。ここでは女性の権利保障のために活動し、2003年の女性差別撤廃委員会を日弁連代表として傍聴された寺沢勝子さん(弁護士、関西合同法律事務所)にお話をうかがった。

動向
 各国における「障害概念」「障害定義」の動向
 /於保真理・浜田朋子・木口恵美子・佐藤久夫(日本社会事業大学)
 要旨:欧米5ヵ国の権利擁護(差別禁止)、福祉サービス、所得保障、雇用の4分野の法制度における障害(者)の定義の状況を整理した。権利擁護・差別禁止の分野では、アメリカADAやカナダの雇用均等法などに見られるように、機能障害が現在なくても過去にあった場合や、実際にはなくてもあると見なされた場合なども障害に含め、排除される障害者が生まれないよう工夫されている。福祉分野では、スウェーデンLSSでは市町村ソーシャルワーカーが公式の詳しい基準を使わずにニーズ評価を行い、フランスの介護手当は必要不可欠な生活動作に介護が必要な者を対象とするが、厳密な生活動作の項目は示されていないなど、個別事情を柔軟に評価している。所得保障分野では、(絶対額で、あるいはその人の従来給料と比べて)いくら稼げるか、という稼得能力で障害を判定している。雇用分野では、(機能障害により)雇用の確保や継続の可能性が相当程度減少している、という定義が一般的で、実際にも労働能力で定義している。障害を機能障害で定義せず、それにともなう介護ニーズ、就職支援ニーズ、稼得能力低下などを中心に定義している点は日本でもおおいに参考になる。
キーワード:障害、障害者、障害の法定定義、権利擁護、所得保障、国際比較、定義


 障害者権利条約交渉過程におけるESCAPの貢献/松井亮輔(法政大学現代社会学部)
 要旨:本小論では、障害者権利条約交渉過程における国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の貢献として、@条約草案のベースとなったバンコク草案の起草、およびA同ガイドラインとして策定された、びわこミレニアム・フレームワーク(BMF)などを取り上げ、それらの概要を紹介するとともに、各国における同条約の批准と実施に向けてのESCAPのイニシアティブについても触れている。
キーワード:特別委員会、障害者権利条約、バンコク草案、新アジア太平洋障害者の十年、びわこミレニアム・フレームワーク

報告
 障害者権利条約実現に向けた国内NGOの活動/中村尚子(立正大学社会福祉学部)

国連特別委員会傍聴記
 国内の権利保障の前進に寄与する国際条約を/青木道忠(全障研大阪支部)
 国際的な人権保障運動の到達点の具現を/品川文雄(高砂小学校・全障研委員長)
 注目される各条項の議論に現れる多様な価値観/荒川智(茨城大学・全障研副委員長)

資料
 知的障害関係施設職員の利用者に対する不適切な関わり
 ―職場ストレッサーとスーパービジョンからの検討/長谷部慶章・中村真理(東京成徳大学)

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