障害者問題研究  第38巻第1号 (通巻141号)
2010年5月25日発行  ISBN978−4−88134−844−4 C3036  絶版
特集 改訂学習指導要領の論点


 特集にあたって/荒川智(茨城大学教育学部)

通常学校での学習指導要領改訂と特別支援教育/梅原利夫(和光大学)
 要旨:通常学校に関する学習指導要領(2008年)と特別支援学校に関する学習指導要領(2009年)が改訂された.これらは,教育基本法改正(2006年)と学校教育法改正(2007年)と中央教育審議会答申(2008年)を受け,その路線上で改訂された.改正された教育基本法には初めて障害者条項が書き込まれたが,それはこれまでの権利保障運動の成果が反映された面と国家や自治体主導の教育計画に包摂されてしまう面との両側面を含んでいる.特別支援教育に関する通常学校での学習指導要領では,総則部分で大幅な改訂が行われた.その特徴は次の4点である.1)特別支援学校等の活用が初めて強調された,2)個別の指導計画や支援計画の作成が求められた,3)個々の障害の状態に対する指導が特化された,4)各学校での支援体制の確立が強調された.これらによって,特別支援教育の可能性は広げられたが,同時にそれを実質化する取り組みが求められている.
 キーワード:通常学校,学習指導要領,特別支援教育,学校教育法,特別ニーズ教育



特別支援学校学習指導要領の改訂と教育実践/荒川智(茨城大学教育学部)
 要旨:本稿では,2009年改訂の特別支援学校学習指導要領の内容について検討した.「人間関係の形成」と「福祉」科が新たに設置されたが,内容的に新しいものはあまりなく,各教科,合わせた指導,総合的な学習の時間など従来からの構成上の矛盾も解消されていない.「個別の指導計画」の作成が,全面的に義務づけられた.しかし,要素主義的な子ども・障害理解に基づき,短期的数値目標とPDCAサイクルに縛られ,指導のマニュアル化が懸念される.「自立と社会参加」が,公的支援のない自立と適応と,もっぱら就労を通した社会参加へと矮小化していく危険を伴う.障害者権利条約でいう,全人格的発達と「社会への完全かつ効果的な参加」を保障する指導と支援が求められる.
 キーワード:特別支援学校学習指導要領,要素主義的子ども観,「個別の指導計画」



知的障害教育におけるキャリア教育と職業教育/尾高進(工学院大学工学部)
 要旨:近年,知的障害教育においても,キャリア教育を導入する動きが出てきている.キャリア教育の目的は,雇用問題の激変を背景に,子ども・青年に「勤労観,職業観」を育成することである.しかし,1)問題の責任をもっぱら子ども・青年に求めている,2)「勤労観,職業観」には「望ましさ」の要件がある,3)「勤労観,職業観」は,その後の人生を切り開く力として働くか,4)職業に関する知識・技能なしに「勤労観,職業観」が身につくか,という点で疑念がある.特別支援学校学習指導要領改訂(2009)や,国立特別支援教育総合研究所の報告書(2008)でも,同様の問題が指摘できる.特に,知的障害児における技能の獲得がもつ意味がとらえられていない点での問題が大きい.総じて,今回の特別支援学校学習指導要領改訂は,職業についての知識や技能の獲得をより軽視するという意味で,職業教育を充実したとはいえない.内実を伴った職業教育の充実が求められる.
 キーワード:知的障害教育,キャリア教育,職業教育,特別支援学校学習指導要領



自立活動と教育実践の課題 「自立」像とICFの検討を中心に
 /河合隆平(金沢大学人間社会研究域学校教育系)
 要旨:本稿では,新しい「自立活動」の教育観や障害観に影響を与えた新自由主義的「自立」像とICF(国際生活機能分類)の検討を通して,自立活動の実践課題を整理した.自立活動では,「障害に基づく種々の困難」の主体的な改善・克服による個人の自助・自律が目標とされ,要素還元主義的な指導内容が計画されている.学習指導要領では本人の主観的世界を尊重するというICF本来の理念に反して,客観的な実態把握ツールにとどまっている.ICFを活用するためには,子どもの要求を反映した教育目標の設定とそれに即した生活機能の捕捉が鍵となる.自立活動では機能や能力の獲得にかかわる子どもの自己意識への働きかけと,個別の問題を子どもの発達と生活の全体的課題に位置づける教育目標論が求められている.
 キーワード:自立活動,教育実践,自立,ICF,教育目標論



教員管理と学習指導要領/杉浦洋一(全日本教職員組合)
 要旨:今回の学習指導要領の改訂は,「改悪教育基本法を頂点とする教育の具体化」を主要な目的としている.障害児教育には,教育内容・実践の画一的な強要・統制がしにくい独自の課題が存在してきた.それは一方で普通教育(普遍的教育)から分離された「特殊教育」の動向であり,他方で多様な障害児の実態に応じた自由で創造的な教育実践の展開である.これまでこれら障害児教育の独自性と学習指導要領との折り合いをつける一つのツールとして「弾力的な扱い」が位置づけられてきた.しかし,この間の障害児教育に対する攻撃は,このような枠組みを越えて,教育の条理や教職員・父母の合意・納得などを考慮しない,一方的な新自由主義的教育改革による障害児教育の根本的転換とも呼ぶべき姿として広がっている.学校管理,教職員管理,教育内容管理の実態をリアルに見ながら,子どもたちを中心におく学校づくり,教育課程づくりをすすめる私たちの展望について考えてみたい.
 キーワード:学校づくり,教育課程づくり,学校管理システム,個別の指導計画,目標管理と評価,国際基準



【実践報告】

支援学級で好きになる活動を通して達成感を積み重ね,自信をつけていく
 /加藤由紀(茨木市立西稜中学校支援学級)

東京都の通級指導学級における実践/渡部京子(東京・小学校情緒障害等通級指導学級)

【資料】
国際条約「障害者の権利条約」と中国の国内環境整備 中国での障害者の権利保障確立に向けて
/真殿仁美(九州看護福祉大学社会福祉学科)
 要旨:2008年6月,中国は人民代表大会常務委員会において,国際条約である「障害者の権利条約」を批准することを決定し,その2ヵ月後の8月,正式にこの権利条約を批准した.権利条約への批准は,国内法の拘束を意味する.果たして,中国は「障害者の権利条約」を国内において実行に移すことができるのだろうか.そこで本稿は,条約を受け入れるにあたり,中国はどの程度,国内の環境整備を進めているのか考察を行った.その結果,障害児童への教育や,障害者の文化的な活動を促す取り組みについては,条約の内容に一部近接していることが明らかになった.しかし同時に,条約の批准に際して,調整が必要と考えられる領域があることについても指摘した.最後に,中国がこの「障害者の権利条約」を批准することで,障害者の権利を保障する重要性が社会に浸透し,中国国内に住む8,296万人の障害者に,合理的な配慮が行き届いた調和の取れた社会建設が期待できることをあわせて言及した.
 キーワード:障害者の権利条約批准,中国障害者保障法,障害者の生活保障,調和の取れた社会


【原著論文】

自閉症幼児の保育者への愛着の形成過程 障害特性と集団活動への参加形態の発達的変化に着目して
/狗巻修司(京都府立大学大学院公共政策学研究科博士後期課程)
 要旨:自閉症幼児の愛着対象の形成過程について検討した先行研究から,自閉症幼児の愛着形成が通常のものとは異なるものの,養育者により多くの愛着行動を示すことが明らかにされている.本研究では,1名の自閉症男児(生活年齢・2歳11ヵ月?4歳10ヵ月)と療育施設の保育者との愛着関係について取り上げ,その障害特性について諸行動に発達的変化と集団活動への参加形態の変化とをあわせて事例検討を行い,自閉症幼児の保育者への愛着形成の特徴と意義について検討した.本研究の結果は以下の通りである.1)自閉症幼児の愛着対象の形成過程には3つの質的に異なる段階と各々の段階間に移行期が見られる,2)各々の段階で他者理解のレベルが異なる,3)移行期にみられる質の異なる葛藤場面の出現が,保育者との愛着関係の移行に重要である.自閉症幼児が愛着対象を形成する療育実践上の意義と,愛着対象の形成における集団活動や他児の存在の意味について論じた.
 キーワード:自閉症幼児,保育者への愛着,他者理解,集団活動,療育実践


【連載 なぜ今歴史研究が求められているか】
(上)/藤本文朗(滋賀大学名誉教授)


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