夜明けを待ちながら(7)
ライフ・イズ・ビューティフル





 旅の鞄に詰めた本は、糸賀一雄『福祉の思想』だった。だいぶくたびれた「NHKブックス」の176〜177ページを開くと赤い線があり、黄色のラインマーカもある。

赤い線は、
 :「この子らに世の光を」あててやろうという
 :あわれみの政策を求めているのではなく
 :この子らが自ら輝く素材そのものであるから、
 :いよいよみがきをかけて輝かそうというのである。
 :「この子らを世の光に」である。
と有名なところに引いてある。
学生の頃にはじめて読んだときのものだ。

その後、何年かしてから引いたのが黄色いマーカだろう。
 :この子らはどんなに重い障害をもっていても、
 :だれととりかえることもできない個性的な
 :自己実現をしているものなのである。
 :人間とうまれて、その人なりの人間となっていくのである。
 :その自己実現こそが創造であり、生産である。

      **

 10月9日、オーフスをバスで発って、スネカボーに着く。目的地の大規模収容施設といわれるSolund(スールン)は、入所者230名、職員は600名。湖沼地帯の森の一郭の、自然を再生するエコパークの中にあり、いくつかの居住施設があった。
スールンの全景
スールンの全景(エコパークの中に点在する)

 施設長のマウリッツは、
「デンマークでこうした大規模施設は5つあるが、ここが最大の施設だ。最後の恐竜ディノサウルズだ。現在、デンマークでは、こうした施設が少なくなっているのは確かなことだ。しかし、けっして消えてしまうことはない」と話す。

「ノーマリゼーションは、できるだけ人間として可能性をのばしながら生きていく場、社会をつくろうということだ。
 ここに長く暮らしている人たちは重い自閉症や知的障害の人たちだ。8割は言葉でのコミュニケーションは困難だ。
 彼らは、けして町中のあぶないところで住むことを望んではいない。同じような人たちでいっしょに、それぞれの可能性を見つけて暮らしていくことを望んでいる」

「高齢な人たちも多い。たしかに10年後には自然の摂理で230名は130名になっているかもしれない。
 だからといってこの施設がなくなるのではなく、施設を望む新しい人たちが入ってくる」
点在するグループホーム

 施設内を案内してもらった。尾瀬のような豊かな自然の中に18棟が点在する。
 10名人以上に定員を増やすとどうしても「規則」「規律」がでてきて「家で自由に暮らす」ということから離れてしまうから、1棟の単位は、10人以下であるという。

 見せてもらった自閉症の人たちが住む棟は、それぞれの個室(ベットルームとリビング)+ミニキッチン、2人で一つを共有するトイレとシャワーがあった。

 施設全体の真ん中にある棟には温泉のような温度の温水プールがあり、入所者たちが楽しそうに泳いでいた。そこには、職員の筋力増強のための近代的なトレーニングルームもあった。

 外を見ると、野生のリスが駆け回り、羊や七面鳥が放し飼いにされている。週末は市民が集う自然公園であるという。

 埼玉県東松山市にあるあかつき園園長で今年64歳で亡くなった小野隆二さんは
 http://www.nginet.or.jp/~kinbe/esse/onoryuji.htm

『施設にくらしをきずく』(全障研出版部)の「あとがき」で
 :仲間たちはみんなどこかに足りないものがあって、
 :しかもどこかの部分では足りなさを補い
 :それをのりこえるようなすはらしさをもち
 :あわせているものだ。
 :人間誰でもそうだと私は思う。
 :どんなに足りない部分があっても、
 :どこか一点だけでも人は輝きをもっている。
 :私たちは、
 :この輝きを仲間のなかに見出して
 :そこを目いっぱい輝かしてもらうことを考
 :えたいと思う。
 :それが私たちの仕事なのだから。
とのべている。

 ふと、この施設長のマウリッツと小野さんの印象がシンクロした。
マウリッツ曰く、
「大事なことは600人の職員一人一人が施設長だということだ。
 求められるのはわたしの言うことをそのまま実行する人ではなく、自分の目で対象者を見て、自分はその人に何ができるのか 確信をもってとりくめる人だ。
 戒めなくてはならないことは
 相手に押しつけていることを自分が一番やっていると過信することだ。
 ほんとうに一致できることをして、あとはやらないのが一番いい。
 大きなものを動かすのは、じつはほんとちょっとしたとなのだから」

 8年ぶりに再訪したヘルシンオアのホイヴァンゲン作業所のヴァイス所長も、コペンハーゲンの高級住宅地に最近できたというグループホームのかっこいい女性施設長も、「life」をいかに大切にするかを強調していた。
ホイバイゲン作業所
ホイヴァイゲン作業所のみなさんと

 「life」を「生活」ととらえていたが、生活の延長線にある「人生」。一人一人の人生をどう充実し、ゆたかにしていくのか。それは、障害があろうがなかろうが、それぞれがかけがえのない人生の可能性をもっている。

 しかし、障害があるならば、その部分は、みんなで=社会で支える。住まいや教育や医療や仕事や、支えるべきことははっきりしている。

大事なことはきっとそんなシンプルなことなのだ。

『福祉の思想』 に鉛筆で新しい線を引いた。
 :コロニーが終着駅であったり、墓場であっ
 :たりするのではなくて、それは始発駅でも
 :あり、人間の育ちという長いいとなみの
 :なかで、必要なときに与えられる必要な手
 :のひとつであればよい

         *

 片道11時間の飛行機の旅となると、床の下は空のわけで、理屈ではなく運は天任せのところがある。

 すこしばかり、自分の短い人生をふり返りながら、自分の中の羅針盤も再確認できた旅となった。
 さまざまにかかわったすべての人たちに感謝したい。

 旅のメモは、時差の関係もあって、夜明け前に書いていた。7時間の時差があるから、朝の4時が日本の午前11時だから、目が覚める。

 窓からまだ真っ暗な外を見る。

ストックホルムの王立図書館の公園
コペンハーゲンの街並み
そしてシベリア上空。
ストックホルム王立図書館の公園

夜明け前はいちばん暗く、寒い。
でも、明けゆく空の色をわすれない。
けっして明けない夜はないと思った。




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